人は負の感情で悩み、苛まれることが多い。

時間の使い方は様々だが、それについて悩むことはとても印象深くなる。

些細なことで人は嫌いになったり、恨んだり

僕にもあるけれど

もう絶対嫌だって思う瞬間

他人にやられた分だけ、考え方が極端になるんだよね。

恨み続けるだけの理由

嫌だと思い続けるだけおの理由

理由は様々だけど、続けられるにはちょっと足りないかなって

思い直すことも過ぎ去った時点で考える時もある。

その時、勝手に許しちゃう。

勝手に恨んで、勝手に許して

つくづく我儘だけど

そういうことが人が他人と心を交わすことの一つなんだろうな

今は嫌いでも、いつかの明日には些細な出来事になってる。

時間が与えてくれる、恩恵の一つだ。

一対一の関係はわかり易く、御しがたし。
ツマラナイ現実の出来事に自らの心を曲げられそうになった
というか、曲がった。

こんな話がある。
「過去はとかく美化される。だから正しいというのは老人の感傷以外なにものでもない。」
(岡本太郎)

つまりは昔年寄りは強者ってことだ。
過去は語るな、誇るべし。
現実のツマラナイ話、もはや過去になったツマラナイ出来事に付き合う必要すらない
未来を描け、今を行動しろ、過去の精算のために行動なんかするな。

これでちょっと落ち着いた。

語りや未来。

何者でもないお前が何者であるかをしるために。
自分ばかり責めても仕方ない時もある。

信じられない奴も世の中には確実に存在している。

そういう時、信じられない奴は敵になる。

敵と仲良くなることは

もう金輪際ないつもりだ。

行動で裏切られたら、

語っても取り返しがつかないって事を知ったらいい。