大震災

日本にやってきてから、2年

もう2年

どれだけ、復興が進んだかって

あれから、どれだけ進めたかって

だれがどれくらい実感しているかって。

あれから、僕らの認識も世界観も変わった

日本に住む中で、彼の地で住む人との意識の隔離があるのかもしれないって

どことなく不安になっている。

最近、飛行機で福島の団体客のお客さんが居た

「原発の町」

福島をそう呼んでいた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫」

大丈夫ですか、なんて聞いて

大丈夫じゃないなんて

初対面のどこか分からん奴に言えるかって

野暮なこと聞いたって思った。

あーあそこにいかなくちゃ

あの町にに行かなくちゃって

2年前から思ってるのに

まだ行けてない。

今年こそは行ってみよう。

あの場所に行ってみよう。

あの日、沈んだ日に花を手向けて

彼の地で新しい朝を迎える日に行ってみる。

自分自身の道を歩けたら。

そんな風にできたら、凄く素敵だなんていうのは

誰もがわかるわけで。

それができないから、悶々と今を生きている。

そんな風に思った。

自分で何を作ろうと思ったら

面倒な全てを自分でやっつけなければならない。

足らん、ばっかりが目立って

勝とうと想って

負け続け

勝ったところで、次の現実が押し寄せてくる。

自分の殻がなんなのか、わかった時に人は強くなれる。
人間諦めが肝心だ

この、諦め、に含まれる意味っていうのは実に深い。

諦観の意味に諦めるというはないのだ。

人間、一度諦めることを覚えてしまうと
なかなかやり続ける根気というものが続かない。

そういう時、どんな風に自分から逃げているのか
考えてみたらいい。

自分を知る、これは何よりも大切なことだ。