無駄口を吐く

無駄なことをする

合理的に物事が動き続けた試しなどないのだから

無駄こそが人生!

無駄こそが人生小イベント数々!

むだぁさいこー!!!

動き続けろ、悩み続けろ、手足を動かせ、研ぎ澄ませ。

矮小な人間ごときにできることなぞ、せいぜい大きくて

人の世にできること。

地球を動かすなんぞはできないんだから。

ちっこい脳みそで宇宙の果てまで考えつくせ。

飛び立った翼もやがて地に落ちる。

動き続けた足もやがて、折れる。

掴み続けた手は、力を失う。

考え続けた脳みそ、思考を忘れる。

いずれ死を迎える。

コピー&ペーストで生み出されることがない人間だからこそ

人と「同じようなこと」を求めてしまうのかもしれないです。

人と違うことがあるから「面白い」

自分の考えで展開は動かないから「さらに思考する」

人と場を自分で支配したいと思えば、自分の思い通りの脚本で何事も動かしたくなる。

でも、そうならないから人生は楽しめるだけの価値がある。

思い通りなんて、それほど輝かない物語はない。

見てて、つまらないものはない。

だから、自分の考えと同じような言葉どおりに人は動かないし

でも、そこんとこにもやもやしたりする。

誰しもが、自分の思い描いた合理をきっと持っていて

自分の描いた正しさを主張するから

寛容になることが肝要。

正義の形など人の群れの中ではころころ姿形を変えて膨張していく。

悪なんていうのは、共通悪を植え付けられて、なんとなく仕立て上げられてしまう。

常に問うこと。学問とは「問を学ぶ」「学を問う」

「問いかけなどは常にシンプルな形でしかない。

あるのは複雑な答えだけ」(サイコロジカル/西尾維新)なんて言葉もある。

純然たる正しさなんぞ、自然界にはきっと存在しないんだろう。

そんな理屈で動物は生きていない。

感覚で研ぎ澄まされた思考のみだろうさ。

つまらんぞ!!

楽しいぞ!!!

いいや、言葉は不要だ!

自分位は自分で動かせ!

その他は勝手にやるでしょ。

違うことは怖いことではない。むしろ興味深い。

自分の思い通りには事は進まないんだよ。

それでいいし、それがいい。。
人を試したり、人に試させられたり

自分を試したり、人に何かを試したり

念じるように紡ぐ会話はちぐはぐな気味の悪いリズムしか生み出さない。

人が怖い。人が怖い。

だが、人程度に怖がってどうするのと思う時もある。

別に怖いことなんかありはしないなー。

嫌われるなんて、めんどい先の展開考えないようにしよう。

理屈なんていらない、言葉なんていらない。感じるままが一番だ。