自由とは

人生の中での自由とは

生きていれば、様々な選択に出会う

そういう意味では、人生とは選択の連続である。

その中で自由とは一体何だろうか。

選択肢、であると考えた。

選ぶ局面に立った際の選択肢の有無だろう。

この場合、量なのか、質なのか。

どちらが、人生の道を決めるのかなんていうのはわからない。

決められるのは、1つ位のものであるからして。

 言えるのは柔軟な考えの下に挙げた選択肢の中から

いかに自分の覚悟に徹して行動できるかいうことだろう。

現在、言えるのは、自由とは決断である。
誰かにとっての楽は

楽を享受できないものにとっての煩わしさ。

楽を提供するために、いろいろと何かやることを

一面でみれば「煩わしさ」であり、「誰かのため」の奉仕みたいなもん。

それらを経て、企ては完遂され、益は共有される。

ああ、煩雑はすっと入って、消え去るんだ。

僕には、わかる。

誰かのためって、自分のその中の一部であること。
わかってるつもりでも

分かった気になっていても

理解するという試みは深淵の闇を光の場所から見下ろしてるがごとく

その奥深さも大きさも全体の一部としか理解できない。

平面的な切り口から理解を示しては、それの意味する本質をつけないし

そこから派生する次の事柄へのつながりさえも見えにくい。

こんなに深くて、暗くて、肌で感じる空間の大きさに慄いたことはない。

孤独の道を突き進むが如く、何かに縋りたくなる衝動を抑えたことはない。

知ることの奥深さを僕はやっと知れた。