4年前の出来事② | 42歳で自然妊娠〜天国からの贈り物〜

42歳で自然妊娠〜天国からの贈り物〜

結婚8年目、38歳で妊娠するも心拍確認前に流産。その後40歳を過ぎても妊娠できず、不正出血や子宮内膜症に悩む日々。もう私には子供はできない、ダンナと二人で仲良く楽しく暮していければいい、そんな風に思っていた42歳の私に、突然天国から届いた贈り物。

2010年4月20日

妊娠してから2度目の診察。
超音波で見ると、
胎嚢が3倍くらい大きくなっている!

「まだ色が付いてるから安静だね」

と先生。

会社はまだ行けそうにない。
この忙しい時期に、
みんなを私の分まで働かせてしまい、
本当に申し訳ない気持ちで
いっぱいになる。


4月26日

3度目の診察。
胎嚢の大きさは
前回の2倍になってはいたが、
私が一番恐れていた
細長い形をしている。

流産の可能性は
なくならないどころか、
日に日に増していくようだ。

病院の後、徐々に出血が増え、
それまでのような茶色ではなく、
赤い色の血が出るようになる。


4月28日

出血の量がかなり増え、
生理痛のような痛みもある。

夜シャワーを浴びていると、
小さな赤い塊が落ちた。
もしかしたら
これが赤ちゃんかと思い、
触ってみると崩れてしまった。

その後不思議と痛みが消えたので、
やっぱりあれがそうだったんだ、
と思う。


4月30日

4度目の診察。
今回はもう赤ちゃんは
見えないだろうと思っていたが、
形よく膨らんだ胎嚢と卵黄嚢が!

赤ちゃんが、まだ私の子宮に
しがみついているということに
感動した。

でも大きさが
前回とほとんど変わっておらず、
心拍も確認できない、とのこと。

「このまま育つのか、
流産してしまうのか、
運命は決まっているが
経過を見ていくしかない」

と先生。
この段階で渡すのは憚られるが…
と言いながら、容器をくれる。
流産したとき、
赤ちゃんを入れて
持ってくるための容器だ。
先生によると、
透明な袋状のものなので、
すぐ分かるそうだ。
私も、もう覚悟はできている。

夫が車の中で待っている間に
バッテリーがあがってしまい、
JAFを呼ぶ羽目になってしまった。
その後カー用品店へ寄り、
バッテリーを交換。
回転寿司を食べ、
図書館で借りた本を
返しに行ったりして、
午後3時頃やっと帰宅。

途中から感じ始めた痛みは、
だんだんとひどくなっているようだ。
すぐに横になる。

夕方から、
断続的な激しい痛みに変わる。
特に左下腹部に突き刺すような痛み。
内臓が捻れていくようだ。
今まで経験したことのない
強烈な痛みに、
なす術なくひたすら耐える。
陣痛ってこんな感じなのだろうか。
私も今まさに赤ちゃんを
産もうとしているのだと実感する。
出血もかなりの量だ。

夜11時頃やっと痛みが治まり、
眠りにつく。
明日も痛みと出血がひどいようなら
また病院へ行かなければ。


5月1日

朝11時頃やっと寝床から這い出す。
昨日ほどの激しい痛みはない。

トイレへ行くと、
またするりと塊が落ちた。
割り箸で掴み、
便器の底から拾い上げると、
それは今までの塊とは違い
崩れない。
どうやら血の塊ではないようだ。
柔らかいが、
よく見ると外側がしっかりとした
薄い皮で覆われており、
小さな小さな臓器のように見える。
もしかしたら、
これが赤ちゃんの袋なのか…。
半信半疑ではあったが、
迷うことなく病院からもらった
容器に入れる。

その日、容器を持って病院へ行く。
超音波画像には
もう赤ちゃんの姿は映らない。

「残念でした…」

完全流産。
手術の必要はないとのこと。
しばらく出血が続くそうだ。

こうして、
私の初めての赤ちゃんは
あまりにも早く
天国へ旅立ってしまった。


後日、赤ちゃんの組織の
検査結果を教えてもらう。

「染色体異常」

本当に、
私のせいではなかったのだろうか?

実は、妊娠判明の10日ほど前、
4月3日に会社の健診で
胃のレントゲン検査を受けていた。
当時の基礎体温表を見ると
ちょうど着床したかしないかの
微妙な時期だ。
もしかしたら、これが原因だった
かもしれないと今でも思う。
妊娠中も、流産後も、
不注意な事をしてしまったと
ずっと悩み、悔やみ続けたこと。
でも、妊娠初期の流産の原因は
誰にもわからない。

「運命は最初から決まっている」
のだ。

今お腹にいる赤ちゃんの運命も
既に決まっているのだろう。

今はただ、祈るしかない。
今度こそ元気に産まれてきて
くれることを。