製作国・地域:アメリカ上映時間:108分
監督
ニック・マシュー
出演者
エミリー・モーティマー
ブルース・グリーンウッド
マックス・マーティーニ
ジェームズ・バッジ・デール
クレイン・クロフォード
コリー・ハードリクト
ライアン・ロビンズ
アースラ・パーカー
ゴンザロ・メネンデス
兵士が撃っている。
だが、何を撃っているのか分からない。
内戦状態にあるモルドバ。米軍兵士が装着した特殊なゴーグルに、人間のような奇妙な影が映り込む。
肉眼では見えない。
半透明で、壁をすり抜け、銃弾も効かない。そして触れられた人間は一瞬で命を奪われる。
幽霊。
そう呼びたくなる。
『スペクトル』が面白いのは、軍事SFとして始まりながら、戦場へ一つだけ説明不能なものを放り込んでいることだ。
兵士たちは訓練されている。
武器もある。
装甲車もある。
敵が人間なら戦える。
しかし、銃弾が通過してしまう相手に軍隊の常識は通用しない。
そこで戦場へ呼ばれるのが、技術者マーク・クラインだ。
彼は兵士ではない。
自ら開発に関わったハイパースペクトル・ゴーグルが、存在するはずのない何かを捉えたため、その原因を調べることになる。
ここから映画の見え方が少し変わる。
クラインがやることは、怪物から逃げることだけではない。
観察することだ。
なぜゴーグルには映るのか。
なぜ物体を通過できるのか。
そして、なぜ通過できないものがあるのか。
超自然的に見えた現象にも、条件がある。
条件があるなら、そこには法則があるかもしれない。
分からないから怖い。
しかし、分からないなら調べればいい。
この発想が『スペクトル』を単なる怪物映画から、少し違う場所へ連れていく。
舞台となるのは戦争で破壊された街だ。
崩れた建物。
暗い通路。
放棄された施設。
その無機質な風景の中を、青白い人影が高速で迫ってくる。
このビジュアルがいい。
未来都市でも宇宙でもない。
現代とほとんど変わらない戦場へ、そこにいるはずのないものだけが紛れ込んでいる。
だから異物感が強い。
そしてクラインが敵の性質を理解するにつれて、映画そのものも変わっていく。
逃げるしかなかった状況に、対抗できる可能性が生まれる。
観察が仮説になり、仮説が技術になり、技術が武器になる。
ここにはSFらしい素直な気持ちよさがある。
未知の存在に、人間が知恵で追いついていく。
それまで役に立たなかった兵士たちの火力も、技術と結びついた瞬間に意味を取り戻す。
特殊部隊が新たな装備を手にして反撃へ向かう場面には、理屈抜きの軍事アクションとしての高揚感もある。
『スペクトル』は、難解なSFではない。
哲学的な問いを何重にも仕込んだ作品でもない。
むしろ魅力は、その潔さにある。
正体不明の敵が現れる。
既存の武器が通じない。
ならば正体を調べる。
弱点を探す。
そして戦えるものを作る。
科学が、説明のためではなく物語を前へ動かしていく。
もちろん、調べ続ければいつか「それが何なのか」という場所へ辿り着く。
だが、その答えは知らないまま観たほうがいい。
幽霊にしか見えなかったものへ、クラインの視線を借りながら少しずつ近づいていくこと自体が、この映画の楽しさだからだ。
最初に見えたのは、ただの青白い影だった。
それを怖がるだけなら、そこで終わる。
クラインは近づく。
見る。
考える。
そして、手を伸ばす。
『スペクトル』が面白くなるのは、その先だ。
