東日本大震災の起きてしまった日ですね。
亡くなられた多くの被災者の方のご冥福お祈り致します。
ある人には「もう7年」
ある人には「まだ7年」
時間の経過と共に意識の差が少しずつ大きくなってきているような気がします。
かく言う自分もその1人なのだと再確認。
ちなみにどちらかと言えば前者「もう7年」かと思っていました。
これは直接被災していない故の思考
多分直接被災された方々は後者の「まだ7年」なのではないかと…。
東京某所の施設地下にて作業中に地震が起きたので下手したら瓦礫や汚水にまみれて亡くなっていたのかもと思うとゾッとする。
日々忙殺の異常のような通常運行に加えて情報過多な現代。
他のヒトはどうかわかりませんが「意識」が薄まっているのは確かかなと。
震災後に復興工事(仙台ガス)で仙台に3度、合計半年くらい出張していました。
震災後一ヶ月ほどの仙台は…言葉を出せないような状況で、ここは日本なのか?と…。
宿泊していた宿も津波の被害を受けた所でなんとか影響していました。
作業もひと段落で翌日引き上げというタイミングで震度5強の地震発生…
宿のヒトも逃げ出す状況に焦ったのを覚えています。
フロント係のおじさんの後に続いて車を走らせ高台へと避難しました。
アレは怖かった。
津波警報鳴り響くなか土地勘もないのでドコが高台かわからない!
フロント係のおじさんの案内なかったら高台へ逃げられなかった…。
うん…怖かった。
震災後 福島にも行ったけど復興工事ではなく福島・相馬の某工場建設の現場。
宿から現場までに数カ所
放射線の線量計表示があったり、毎日どこからとなく大型ダンプカーが土持ってきてたり…
帰路につくとき開通した6号線通って帰ったら「放射線浴びて帰ってきやがって」と心配してくれてんのかと思ったら…
新車トラックに放射線つけやがってと怒られました。
普通 社員のカラダのこと心配しますよね?
トラックのほうが心配だった模様で人間不信になりました。
優しいヒトもいますけど、クソみたいな人間もいるのだな~と。
ヒトは十人十色
なるべくなら前者の優しいヒトになりたい…。
皆さんもなるべく優しいヒトになってくださいね。
それでは(´;ω;`)。