歌舞伎の古典の演目は何回も同じ演目が繰り返して上演されておりますが、
同じ出し物でも演ずる役者さんによってそれぞれ違いますのは
以前にも書かせて頂いた通りです。

ですから逆に云いますと歌舞伎に同じ演目はないと云う事にもなります。

今月の歌舞伎座、昼の部で上演されている『引窓』も私の知る『引窓』では
ないかも知れませんね。


私が『引窓』と云う演目を初めて見たのは1972年10月歌舞伎座の時で
その時の南方十字兵衛は八代目幸四郎(初代白鸚)さんで
濡髪長五郎が二代目松緑さんでした。


父の冠十郎からいつも聞いていた初代吉右衛門さんと初代猿翁さんの『引窓』
一度見てみたいとそれを想像しながらも幸四郎さんと松緑さんのコンビは
私なりにベストでした。

そしてそのお二人の印象から離れる事が出来ませんでした。

しかし次の年の1973年7月大阪新歌舞伎座で上演された
上方式の『引窓』には衝撃を受けました。

二代目鴈治郎さんと八代目三津五郎さんの濡髪でしたが、
前年の幸四郎さんと松緑さんの『引窓』をいい意味で覆してくださいました。

町人の南与兵衛からから役人に出世した南方十字兵衛。

母や女房との談笑を終えて二人侍を自宅へ招き入れる時、
母の前でうっかり刀を忘れて置いたまま立って行き、
アッと思い取りに帰ると、刀を忘れたよと云おうとする母と
目と目が合い、二人で照れ笑いします。

昨日まで町人で刀を持ち歩く事になれていないと云う
田舎町人風が本当によく出ておりました。

そして濡髪が義母の実子だと知る場面では大事にしていた十手と捕り縄を
前へ投げ出すのにも驚きました。

初代白鸚さんの型ではここまでリアルには致しませんでした。
そして上方式は濡髪を助けた後、うちの外に出て
両手を合わせた所で柝が入りそこで幕となります。

江戸式の様に濡髪は花道を入りません

細々と書くと他にもいろいろあるのですが・・・。
上方式と江戸式の『引窓』こんなにも演出が違うのかと当時驚きました。

そして鴈治郎さんと初代白鸚さん 体格も演じ方もまるで違うお二人の『引窓』を
見る事が出来たのは果報(家宝)ですね(笑)

このお二人の演じられる『盛綱陣屋』もまるで違います。
機会があればまた触れさせて頂きたいです。
同じ演目でその違いを見るのも歌舞伎の楽しいところです。


今月の梅玉さんと松緑さんの『引窓』はどのような違いがありますでしょうか?
同じお芝居でもまるで違う演出の歌舞伎。

みな様にもご覧になられた時の歌舞伎の家宝が必ずあると思います。