今日は私の父、六代目嵐冠十郎の祥月命日です。

2008年12月22日ですから亡くなってからもう15年になります。

私が十二月歌舞伎座で三津五郎さんの『京鹿子娘道成寺』の所化に出演する前に
その一報を聞きました。

そのすぐ後の舞台で所化に座っている中、道成寺の「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」
の長唄が聞こえて来て、涙が止まりませんでした。

脳梗塞で倒れてからちょうど10年目、長く患っていたものです。
多少認知症も入っていたので担当の先生も、
「お父さん お名前は? と聞くと 嵐冠十郎、っておっしゃるんですよ。」
とだいぶ戸惑ったおっしゃり方でした。

私が「実は父は歌舞伎の役者でそれは本当なんです。」と申し上げたら
「え?これは本当なんですか? よかった、安心しました。」と胸をなでおろしておられました。
音だけ聞きますと、有名俳優と同じですから、何を云っているのだろう・・・

と思われてたんですね(笑)



そんな父は病院施設に入っておりましたが、そこへ中村勘三郎さんが
突然お見舞いに来て下さったことがありました。

事前に連絡をいただきましたので、私がお出迎えさせて頂きました。


ですが、病院中、大騒ぎ(笑)

普段見た事のない一番偉い理事長さんまで出て来られて
勘三郎さんにご挨拶され、父の印象がまるで変わったみたいでした(笑)

今日の命日あえて父の事を書かせて頂き、思い出すのも供養かな?
と思いました。

命日と誕生日。うちでは父を思い出す日です。

 



今日の写真はお見舞いに来て下さった勘三郎さんと父です。



施設の担当の先生が気をきかせてカメラを持って来て下さいました。
ポラロイド写真でしたので、たった一枚切の写真。

年月を経てだいぶ色あせておりますがご容赦下さいませ。

この4年後の12月にまさか勘三郎さんがご逝去される事になるとは夢にも思いませんでした。
勘三郎さん あの折は わざわざのお見舞いありがとうございました。

 

きっと、あちらで父とお芝居をしている事でしょう。
1993年8月の歌舞伎座で父を指名して使ってくださった「らくだ」

勘三郎さん、三津五郎さん、小山三さん、父・・・

あちらに行かれた方の方が多くなってしまいました。