「傾城反魂香」での幕開き、私たち数人の百姓は村を荒らす虎を追いかけて
土佐将監光信の閑居まで押しかけて参ります。

ですが将監に「虎と云う生き物は日本に居た試しはない」
と云われますが、そこへ虎が登場。

将監はじっくり見て
「これはまことの虎ではなく、おそらく狩野四郎二郎元信が描いた絵で
あまりの真筆に抜け出したものに相違ない、」と申します。
(これは土佐将監間居の場の前の幕を見て頂けるとよくわかるのですが・・・)


「それが証拠にここでこの虎をかき消して見しょう。」と云いますが、
修理之助が「私目に仰せ付け下さいませ。」と見事かき消し
土佐の名字を許されその場で土佐光澄と云う名前をあたえられます。


ところで、この虎ですが日本に居ないのに昔から屏風絵や浮世絵などで
虎の絵などはたくさん描かれてございます。

古くは日本書紀に百済より虎の皮が欽明天皇へ送られたと云う記述があるそうです。
仏教が伝来したと云われている時代と同じくらいの時代に 虎は皮の状態で
日本人の目に触れた事になりますね。

また1954年には豊臣秀吉の朝鮮攻めの時、朝鮮より虎が持ち帰られたとか・・・。
普通、虎なんか持ち帰るか?と思いますが(笑)


江戸時代に入ると朝鮮から来た虎の絵などが浮世絵師などに伝えられ
想像で虎の絵が多数描かれたそうです。
狩野探幽 伊藤若冲 円山応挙なども虎の絵を描いていたとか・・・。


虎があの独特の縞模様の柄をしておりますが故に、皆の関心と興味を引いたのでしょう。
おそらく、虎がとら柄ではなかったとしたら(最早何を云っているのか状態ですが・・・)
虎はここまで皆の心には響かなかったかも知れませんね。


今月の「傾城反魂香」の虎もどちらかと云うと本物の虎とは違い
絵に描かれたような虎のぬいぐるみとなっております。

おそらくこの舞台を初めてご覧になったお客様は「虎が出た、虎が出た」と
騒いでいる私たちと一緒に「虎?」とドキドキしておられたと思います。

そこに出て来たのが、なんともある意味ユーモラスな どこか可愛い虎だったので
驚かれた方もおられるんではないでしょうか。

しかし、私たち百姓は、まさに「絵にかいた虎」そっくりだったから、
それを「虎」だと思い、恐れたのでしょう。
本物を見た事はありませんもの。「絵にかいた虎」がこの時代の「虎」なんです。

おそらく、現代人が同じ状況でしたら、よっぽどリアルなものでないと、まさか本物とは
思わないでしょう。

ですが、見た事のない虎を想像で「描いた虎」が「虎」だった時代のお話です。
そう考えますと、またこの物語の印象も違ってくる・・・かもしれません