今日はちょっと『車引』の雑談を・・・(笑)

『車引』の演目をご観劇下さって、少し覚えておられるお方なら
お分かりだと思うのですが、松王丸(松緑さん)が吉田神社の鳥居をくぐり
登場してからのすぐの見得、ご覧になられた方は何か違和感はありませんでしたか?

 

 

答えは向き。 

真横を向いております。

本来、見得と云うのは正面を向いて切るのが習わしですが、
これには理由があります。

江戸時代の名優で五代目松本幸四郎と云う方は別名、「鼻高幸四郎」と呼ばれ
数々の作品にその名を残しております。

『仮名手本忠臣蔵』の高師直『伽羅先代萩』の仁木弾正『鈴ヶ森』の幡随院長兵衛、
『寺子屋』の松王丸 そして『車引』もその一つです。

この方の特徴は浮世絵にも残っておりますが、その立派な鼻にありました。

その鼻の高さをアピールするために『車引』の松王丸は登場時に横向きで見得を切るのです。
横向きの見得は2回ございます。

後の役者さんたちも『車引』の松王丸を勤める時はこの五代目幸四郎さんに敬意を表して
横を向いて見得を切るのが慣例となりました。

とはいえ、後の役者さんには鼻の低い方もおられたでしょうに
型となってしまってはそれを破るほうが難しいのでしょうね(笑)



この方の特徴はもう一つ、額に大きな黒子(ほくろ)がございまして
『伽羅先代萩』の仁木弾正や『すし屋』のいがみの権太を勤める際には
この黒子もお化粧として描くことも通例となっております。

河内山や濡髪長五郎の様に「黒子」がお芝居の大事な要因となっているのは
描かない訳には参りませんが、弾正や権太は黒子がなくてもお芝居には
差し障りはありません

ですが今ではないとなんとなく閉まらない顔に思えてしまい
誰もが描くようになりました。面白いですね、
江戸時代の方の影響が現代まで生きていると云うのも歌舞伎ならではです。


もうひとつ、松王丸と梅王丸 桜丸が相対します時 
うしろに並んでいる仕丁たちが「化粧声」と云うのを発します。

「あ~りゃ、こ~りゃ、あ~りゃ でっけえ~」と云っておりますが、
あれは勤めている役者連に「あれは、これは、(役者が大きいですよ)でっけえ~!」
と舞台上で役者を称えているのです(笑)

お芝居には直接関係ありませんがま、これも効果音ですね(笑)


この化粧声3度ありまして、初めは7回その次は5回、最後の幕切れの見得の時は
3回と七五三で縁起を担いでおります。

同じような演出に『寿曽我対面』の五郎と十郎にもこの化粧声がかけられます。

横向きの見得と化粧声『車引』をご観劇になる時の豆知識として
参考にしてくださいませ。

『車引』に関する雑学でした。