昨日のブログの問題『野崎村』『賀の祝』『六段目』『寺子屋』『引窓』などの
「わらびのし」の暖簾がかかる演目の共通点は何でしょうか?


答えは、村 ひなびた村でした。


「野崎村」「佐太村」「山崎あたりの与市兵衛内」「武部源蔵のうち」「八幡の里村」等々、
これに「すし屋の下市村」なども入りますが、「わらびのし」の暖簾がかかるうちはみんな 
ひなびた村 つまり田舎の設定です。

みなさん 少し考えすぎでした(笑)

「わらびのし」如何でしたか?

次回のご観劇からはちょっと注意してご覧くださいませ。

わらびの暖簾がかかっていると、ああ田舎なんだ~と思ってください。

 

 

ちなみに、このわらびのしの暖簾、濃い方が田舎でも比較的都会、

薄くなるほどにさらにひなびた所を表しているようです。

 

上演の時によっては 厳密には言い切れないかも知れませんが、ちょっと気にして

御覧になって頂けましたら、また一つ楽しいと思います。

 


先にあげました 村の名前や里の名前、街道の名前なども歌舞伎には欠かせない大切な要素です。
歌舞伎座下の木挽町広場も絶えていた町名を身近なものにしてくれました(笑)


先日、京蔵さん、段之さんがゲストとして出演されていた『紀尾井町家話』

この紀尾井町の名称も松緑さんの御祖父様にあたられる二代目松緑さんのご自宅が
紀尾井町に住んで居られたためのタイトルですね。

「紀」州藩中屋敷 「尾」張藩中屋敷 彦根藩「井」伊家中屋敷が囲む坂を「紀尾井」坂と呼び、
それが町名になっております

なぜ紀尾彦坂とならなかったのか? は疑問の残るところ(笑)

当時二代目さんは大向うの「音羽屋」の屋号と共に「紀尾井町」ともかかっておりました。
歌舞伎通がその役者さんの住んで居る所の名をかけるのはよくある事。

歌右衛門さんは「岡本町」先代芝翫さんは「神谷町」などとかかりましたね。
うちの父は六代目菊五郎さんの事を「芝の旦那」と呼んでおりました。

当時は「芝公園」にお住まいだったそうです。

役者の屋号や町名を大向うで聞く事もすっかりなくなりました。
その分、大きな拍手はたくさん頂戴しておりますが・・・(笑)


さあ、歌舞伎座『四月大歌舞伎』公演もあと1日となりました。

5月はひと月お休みを頂いておそらく6月にまた歌舞伎座の舞台に立てそうです。
私は今は歌舞伎座だけがなんとか出演できる劇場です。


地方の他の劇場への出演はまだまだ、予断を許しませんが
なんとか地方公演へも行かれるまでは頑張りたいですね。