今日は建国記念日での祝日、でも昔は紀元節って云ってました。
とはいえ、私も云っていたという知識だけで、実際にはその祝日は
知りません。

父などが「今日は紀元節やな」などと云う会話として聞いていただけでした。

そもそもが、私の子供の頃は2月11日は祝日ではありませんでした。
紀元節としての祝日は戦後しばらくした昭和23年に廃止されました。

その後、昭和41年に改めてこの日が「建国記念日」として制定され、
翌年から祝日になりましたので、中学生くらいの時に初めて祝日の
恩恵を受けた事になります(笑)


ところで、紀元節って何でしょう? 

名称は知っていますがあまり意味が分からないって方も多いのでは?

戦前の教育を受けられた方にとっては当たり前も当たり前、
知らないととんでもない事になる・・・というくらいの日ですが、
現代ではほとんど言葉だけの知識になっております。


初代天皇として神武天皇が即位された日(旧暦1月1日)を
現在の暦に合わせて「2月11日」が紀元節とされました。

真贋はさておき、『古事記』『日本書紀』によりますと、即位の年は
紀元前660年と云う事になります。
今年はそれから2683年経っている事になりますね。


宮崎駿監督のアニメ作品に『風立ちぬ』という映画がありました。
あれは太平洋戦争の時に活躍したゼロ戦を設計した堀越二郎さんを
モデルにした映画でした。

なぜゼロ戦と云われるかご存じですか?
ゼロ戦は昭和14年(1939年)に試作として完成しました。

昭和14年は、紀元前660年を始めとして数える 日本の紀元2600年に
当たります。
明治から戦前にかけては、紀元と云うと、西暦よりもこの神武紀元(皇紀)を
使っておりました。

今はもうそんなにリアルタイムで使っている方は少ないでしょうが、
父や祖母の世代には、時々この皇紀という考え方が残っておりましたね。


ゼロ戦は、その皇紀2600年の末尾の00を取って
正式には零式艦上戦闘機と云う名称でした。

他の艦上攻撃機や艦上爆撃機の97式や99式と云うのはその前の
2597年 2599年の末尾を取ったものです。

色々な言葉や物の名前にも、思いがけない歴史が残っていたりするものです。

お話がそれました(笑)



神武天皇の時代は『ヤマトタケル』の時代よりさらに遡る事、
何年くらいでしょうか?
初代から景行天皇は12代ですので300年くらいかと思いましたら、
調べますとなんと700年以上離れておりました。

まあ、この辺りはある意味「神話」ですので、何歳まで生きたかと云うのは
おそらくつじつま合わせの部分もあるのでしょう。
あまり追求してはいけません(笑)


歌舞伎の中で天皇が登場するお話はあまり数は多くありません
江戸時代には恐れ多い意識があったのか、武士社会や市井の話の方に
庶民の関心があったのか。

『義経千本桜』では安徳帝が登場します。
『ヤマトタケル』でも帝(=歴史に合わせると景行天皇)が登場致します。

『源氏物語』では、帝は登場しますが、そもそもが架空のお話ですので、
同一視していいのか?
『伊勢物語』や『四天王楓江戸粧』では親王が登場致します。


しかし歌舞伎では天皇の御名はよく登場致します。

『勧進帳』の中では弁慶の台詞の中で中頃の帝として聖武天皇の御名が登場し
『義経千本桜』『船弁慶』などの平知盛は桓武天皇九代の後胤として桓武天皇の
御名が登場します。

ではここで問題です、神武天皇の御名はどんなお芝居に登場しますでしょうか?


答えは『伽羅先代萩 対決』の場に登場致します。


細川勝元に策略を見破られた仁木弾正が苦肉の策として渡辺外記左衛門と
相拷問を願う場面がごさいます。

その時に細川勝元は「何? 相拷問を願う? 神武以来珍しき願いじゃの?」と
初代天皇よりそんな願いは聞いた事がないと不審に思う所に神武天皇の御名が登場します。

相拷問を堪えれば老体の渡辺外記左衛門が先に死ぬであろうと弾正は予測しますが、
結局それも細川勝元に見破られます。

神武天皇の御名が登場するわりには不思議な場面ですね(笑)

あと昔の歌舞伎座では明治天皇はよく登場されたみたいですし、
映画などでは歌舞伎の俳優さんがよく天皇のお役を勤められておられます。

『日本の一番長い日』での先代白鸚さんの昭和天皇はシルエット的でも印象深かったです。
また『ラストサムライ』では七之助さんの明治天皇などが記憶に新しいところ。
『終戦のエンペラー』では孝太郎さんも昭和天皇に扮しておられます。


紀元節を思い出し、それに連なって歌舞伎の中までお話が進んでしまいました。
歌舞伎の演目、ほかに何かありましたっけ?
思いつかれた方はこっそり教えてください(笑)