今の状況下 私のようなこの年になっても、未だに「初めて」と云うような出来事が多くあります。

それも、50年ほどおります この歌舞伎の世界でも、驚く事も多数。

 

昨年からのこのコロナ騒ぎも初めてでしたが、歌舞伎を仕事として

舞台から1年2ヶ月も遠ざかったのも初めてなら 舞台復帰の公演が

途中で打ち切りとなったのももちろん初めてでした。

 

前回の歌舞伎座出演は一昨年の十二月大歌舞伎の時、私は玉三郎さんの
『本朝白雪姫譚話』に女形で出して頂いておりました。

これはお客様の入りが多かった時 千穐楽に配られる大入り袋。

赤の地に勘亭流の大入りの文字が白抜きされております。


もちろん大入り袋が配られなかった公演の時もございます。
中身は大した金額ではないのですが、金額に価値があるのではなく、

やはりこの祝儀袋に値打ちがございます。

 

昔は、ご縁?が入っておりましたが、いつの頃からか金額が変わりました。

一番高額だったのは、今でも覚えております、梅田コマ劇場での『浪花の恋の物語』

の公演の時。

 

この時は、東宝の公演だったこともあり、大入りのシステムも違うのかも知れませんが、

今現在でもちょっとリッチなランチが食べられるくらいの額でした(笑)

 

 

昔の若い頃はすぐに開けて中身を使っていたのですが(笑)
いつの頃からか、未開封のまま(笑)ず~っと置いておくようになりました。

 

 

古いものは市川延夫の名前のものもございます。
二代目市川猿三郎を襲名してからの大入り袋はほとんどが残してございます。


これは平成24年の新橋演舞場で上演されました六月大歌舞伎、
二代目市川猿翁 四代目市川猿之助 九代目市川中車 五代目市川團子
四人同時襲名披露公演の時の大入り袋。

 

巡業で生まれて初めて松竹から 大入り袋を頂きました時は、ブログにも致しました。

懐かしいですね。

 

そう云えば、以前ある公演でいただきました大入り袋は、昔の板垣退助のお札が

入っていた事もありました。

粋ですよね。

ピン札で、関係者全員に下さったのでしょうから、いったいどこにあったお札なんだと

一種感動を覚えた事もありました。

 

 

そんな、色々な思い出とともにあります大入り袋。

そのコレクションにもう一つ追加されました。

 

今月の四月大歌舞伎も途中で打ち切りとなりましたが本来なら明日が千穐楽。

今月の歌舞伎座公演でもいただきました。

 

 

本来は大入り袋の名目は「當祝」と書かれてあるのが普通です。

今回のは「御礼」

ちゃんと聞いた訳ではないので、想像の部分もあるのですが、

現在、歌舞伎座の客席は規制の為に収容人数の半分以下に抑えられております。

ですからご祝儀の名目が「當祝」ではなく「御礼」となっているのではないでしょうか。

 

私、長い役者人生の中でこの名目の大入り袋は初めてです。

 

昨年八月に再開して以降、歌舞伎座の千穐楽には この「御礼」の名目で

大入り袋が配られていたのでしょうか。

こればっかりは、今月初めて頂きましたので わかりません(笑)

 

この大入り袋を見るたびに、楽しかった『小鍛冶』の間狂言、

そして、公演途中で打ち切られてしまった悔しさを 思い出す事でしょう。

 

来月の公演は、例え初日が遅れても なんとか千穐楽を迎えられる事を
心の底から願っております。