今日、歌舞伎座では朝、『小鍛冶』から初日通りの舞台稽古が行われ 
私の出演もアクシデントなどもなく なんとかクリアしました(笑)

 

『小鍛冶』は一番最初の演目ですから早く終わってくれるので
気持ち的には幾分楽です(笑)

さあいよいよ明日の初日を待つばかり・・・。



この『小鍛冶』の童子と稲荷明神、猿之助さんは初役ですが
前回はいつか調べましたらなんと1997年(平成9年)12月の
歌舞伎座公演まで遡ります。 24年前で私も名題下の時代。

ずいぶん出ていなかったのですね。


もちろん この時の童子と稲荷明神は猿翁旦那ですが、
三条小鍛冶宗近が勘九郎時代の勘三郎さん

勅使、橘道成に市村羽左衛門さん

 

間狂言が弟子に右團次(右近)さん 猿弥さん そして巫女が猿之助(亀治郎)さんでした。

 


ちなみにこの同じ年の8月、右團次さんが国立劇場 第5回右近の回で
この『小鍛冶』を上演されおります。

猿翁旦那、右團次さんの『小鍛冶』を見て久々に
やってみたくなられたのでしょうか?(笑)

 


この12月の演目は段四郎さんの『毛抜』から始まりこの『小鍛冶』と
勘三郎さん 玉三郎さんの『盲目物語』が昼の部、

夜の部に團十郎さん段四郎さん勘三郎さん宗十郎さんの
『世響太鼓功(よにひびくたいこのいさおし)』
仁左衛門さん孝太郎さんの『連獅子』
キリが玉三郎さん 勘三郎さん 團十郎さんの『梅ごよみ』と
今では考えられない なんとも贅沢な狂言が並んでおりました。



さらにその前の『小鍛冶』となると1997年よりさらに12年前、
1985年(昭和60年)7月歌舞伎座まで遡る事になります。

この時は私はまだ関西籍で嵐延夫の時代でした(笑)


この『小鍛冶』なかなか上演しにくい演目ではあるのです。

歌舞伎の演目にはこうした歴史がございます。

 

この『小鍛冶』は私も何回も見せて頂いており
書かせて頂きたいことがたくさんございます。

それは明日の初日のが開いてから追々、書かせて頂く事と致します。


今日の写真は国立劇場第5回右近の回で『義経千本桜 椎の木、すし屋』で
上演された時の24年も前の筋書きの裏表紙の『小鍛冶』です。

この時から24年後に まさか私が歌舞伎座の舞台で

間狂言に出させて頂く事になるとは 夢にも思いませんでした(笑)