藤沢に行ったのは云うまでもなく遊行寺と小栗判官と照手姫 十勇士を詣でる為でした。

そこを後にしまして、別に向かった場所は、ちょっと曰く有りげな所でして

少し行く事を躊躇したのですが、ここまで来たのだから、と足を伸ばしました。

 
遊行寺から藤沢宿を東海道沿いに小田急線の藤沢本町駅の近く。
 
実は遊行寺から藤沢駅まで歩いて帰るのも同じくらいの距離なら、
藤沢本町駅へ出てそのついでに訪れようか、となった所。
 
それが、ここです。
 
 
藤沢に行く前に観光案内を調べていると、義経の首洗井戸と書かれてありました。
 
初めは義経が平家の敵の大将の首でも洗ったのかと思ったのですが、
案内書きを読みますと、全く違った物語がございました。
 
 
兄の頼朝に追われ、藤原秀衡を頼み奥州逃れましたが、頼朝の討手がかかり、
衣川で自害した義経。
 
その首を頼朝の家来が、首実検の為に持ち帰り、頼朝が改めた後に、
腰越の浜に捨てられたそうです。
 
それが潮が満ちて川を上がってここに打ち上げられ、近くの里人が哀れに思い、
この井戸で洗って清めたのだそうです。
 
 
平家を破り壇ノ浦まで追い詰めた源氏の英雄が、
 
その後、物語や映画、テレビ 歌舞伎、講談に語られた時代の英雄が、
 
なんとも哀しい義経の末路ですね。
 
 
また、もう少し先には、その名も「白旗」という地名があり、白旗神社がございます。
ここは、先の話を聞いた頼朝により 祭神として源義経を祭るようになった
神社だと云う事です。
 
 
境内には鎮魂碑がございました。
これが作られたのが、平成11年、義経没後810年を機にしたものだとの
ことです。
と云う事は 今年は没後830年ですね。
 
830年も前なのか、たった830年しか経っていないのか・・・
舞台で演じられている 義経という存在が 急にリアルに感じられました。
 
 
思えば歴史を動かした人たちの末路は決して幸せではなかったですね。
 
頼朝も、義経も さらに信長 光秀 秀吉の末路も哀れです。
 
栄華の時代の陰に隠れた義経の首洗い井戸。
 
こう云った場所が、ひっそりとこの地にあるのだと云う事を
皆様も胸にしまっておいて下さいませ。