『弁天娘女男白浪』の幕開きに、ひとりの無宿人が登場します。

無宿人というのは狼の悪次郎。彼が、手代と話をしております。

「この間誂えた五枚の小袖はまだ染が出来ねえかえ。」

「あいにく お天気具合が悪いので友禅入りの模様ゆえ 
急に染が上がりませんで 大きに遅なわりましてございますが、
どうぞ夕方まで お待ちなすって下さいまし。」

ここで浜松屋の中をジロジロと調べながら帰って行く男。
この悪次郎は実は五人男の仲間なのです。

(のちに金の為に裏切って役人に知せるのもこの男です。)


そして注文した五枚の小袖こそ、稲瀬川の勢揃いにて
五人男が着ております着物の事なのです。

逃げて行く男たちが覚悟を決めて 目立つそろいの着物でお縄にかかる 
まこと歌舞伎と云うものは 派手にできております。(笑)


ここで云う稲瀬川は、実は隅田川。

舞台は鎌倉時代の場所も鎌倉に設定されておりますが、
誰が見ても江戸市中で江戸の物語だと分かりますね。

浜松屋も日本橋あたりの三井越後屋(三越)くらいでしょうか?(笑)


江戸時代末期に書かれた『青砥稿花紅彩画』
江戸市中で五人男と云う大盗賊が幅を利かせていたのでは、と
なにかと遠慮があったのでしょうね。(笑)


弁天小僧 モデルとなったのは17歳の時の五代目尾上菊五郎。

作者の二代目河竹新七(後の黙阿弥)はこの人の為にこの作品を書きました。
後に大名跡の菊五郎となるであろうと、菊之助と云う名前を
弁天小僧につけました。


その弁天小僧菊之助が『稲瀬川勢揃い』の時に着ている着物の柄が
紫縮緬(むらさきちりめん=これは五人男共通の生地)に
琵琶蛇菊柄(びわへびきくがら)

名前のとおりの菊の花と、江の島にゆかりある弁財天を象徴する楽器の琵琶と、
弁天様のお使いの白蛇が描かれております。


次いでに申しますと日本駄右衛門は、同じ生地の磁石碇綱(じしゃくいかりたづな)
立浪柄(たつなみがら)
白浪(=盗賊)を表す荒波に、方向を示す親玉と云う事で方位磁石と碇という柄です。


南郷力丸は稲妻(いなずま)と雷獣柄(らいじゅうがら)

船盗人の南郷の柄で雷獣の別名は「木貂(きてん)」とも言い、
ツラネの「どうで終(しま)いは木の空と」と云う意味は磔(はりつけ)の刑と
かけています。 唯一、手拭いを首に巻いて登場しているのも、
元漁師であることを象徴しております。


忠信利平は雲龍柄(うんりゅうがら)で 江戸育ちにもかかわらず、
西国のあちこちを荒し回る、神出鬼没の悪党ぶりを雲龍にたとえたもの。


赤星十三郎は星鶏柄(ほしにとりがら)
武家の小姓から盗賊になった赤星の柄は、朝の時を告げる鶏(にわとり)と
暁の明星にちなんだ星(北斗七星)


それぞれが凝った染め物の柄になっているのですが、五人男が並んで
着物の後ろの柄が見えるのは、花道で駄右衛門が出て来るまでの
待っている四人と、本舞台へ入ってから 捕り手が出て来るまでの一瞬ですから、
難しいとは思いますが、目を凝らしてこの衣裳の柄を見て頂きたいと思います。(笑)