今月の私の出演している『女鳴神』の一番最後に登場する
「押戻(おしもどし)」の佐久間玄番盛政


今月は鴈治郎さんが二役で勤めておられます。


ですがこのお役はあくまで別のお役でして、先に登場する二枚目、
雲野絶間之助とは全くの別人です。(笑)


今まで上演された「女鳴神」では、このお役は
第三の演者が勤めておられました。


「女鳴神」の鳴神尼を勤めておられる主役の方が
絶間之助より先輩の方であれば、ここに第三者が押戻を勤めても
問題はありませんが、主役の鳴神尼が絶間之助の俳優さんより
後輩の場合、ただ絶間之助で花道を引っ込んでしまっただけでは
格下扱いになってしまいます。

もちろん例外の場合もございますが、今回は幕切れに鴈治郎さんが
押戻として登場するのは、鳴神尼より同格以上の扱いですよ
と云う意味を込めているものです。


二枚目と押戻の早変わり、また 幕切れを二人で持つ
と云うところにその意味がございます。

本来「女鳴神」は鳴神尼の出し物ですが、鴈治郎さんが
二役を勤められる事によって、お二人の出し物となります。



この最後に登場する「押戻(おしもどし)」ですが、
この演目に限らず、時々出て参りますので、いったい何だろう?
と思われた方も 多いのではないでしょうか?

もっとも、一様に「押戻」と呼んでおりますが、
押戻につきます役名は その都度 豪傑の名前があてられます。

大館左馬五郎でしたり、竹抜五郎だったり。


この押戻が出て参りますのは、座頭が最後に ご馳走として
でてくることもございますが、必ず「役目」をもって出てきます。

それは、荒事で、後ジテとなった変化や怨霊 悪霊などの
災いを蹴散らし 魂を鎮めるために登場致します。



ここから先の私のお話しは、昔 私が先輩の方から聞きましたお話で、
歌舞伎で伝えられている歴史ではありませんので
誤解のなき様にお願い申し上げます。


「押戻が登場する本来の意味は、変化や悪霊 怨霊のままだけで
幕を閉めますと お客様にその霊が転嫁してしまい
お客様に災いをもたらす原因となってしまいます。

そこで押戻が登場して その悪霊や怨霊を退治して
お客様に災いが起きぬように 払いのけるのが役目だ」

と聞いた事がございます。



主役が後に変化となりました時には、豪傑になぞらえて
押戻が登場するのはこう云った理由だと・・・。


先も書きましたように、先輩からの口伝のようなものですので、
はっきりとした決まりとか 謂れであるのかは わかりませんが、
私と致しましては なるほどなあ~と 思いましたので、
考え方の一つとして 書かせて頂きました。

定説ではありませんよ。



そして押戻が持っている大きな青竹は何でしょうか?
これにつきましては 歌舞伎美人(かぶきびと)の中
「歌舞伎いろは」で こう書かれてございます。


「手に持っている大きな青竹。地方の民俗芸能のうちの
「露払いの役」にも見られるそうで、歌舞伎研究家の郡司正勝氏は
『かぶき 様式と伝承』という著書のなかで、
“山法師たちによって行われてきた京の鞍馬山の竹切りの行事や、
爆竹の行事とも関係のあるもの”と述べています。

竹は丈夫でよくしなり、弾き返す力が強く勢いがあります。
火薬を使う前の原始的な爆竹は竹を燃やして
バチバチと大きな音をたてるもので、古くから中国では
魔よけに使われていました。

竹のそうした性質は、悪霊を祓う勇者が持つ物として
ふさわしいものと言えるでしょう。」

ですから、決して竹槍ではないのです。(笑)


これも私が先輩から聞いた不確実なお話ですが、
実はこの青竹は、「弓」でして 弦が張ってあり 
この太い竹をしならせて 弓を引けるだけ押戻は
豪傑だと云う事だ。
と 聞いた事がございます。

そう云えば昔、猿翁旦那が『伊達の十役』の最後 
荒獅子男之助の押戻で青竹を持って登場した時には
青竹に弦が張ってあったと思ったのですが・・・。

今では私の記憶すらも不確実です。(笑)

これも、定説ではございませんので、そこの所お願いします。


今日の写真は花道に鴈治郎さんが
持って出られる前に置いてある青竹です。

イメージ 1


昔に比べて竹の青色も なんだか現代調になってしまいました。

確かもっと若竹のイメージだったのですが・・・。


先人や古い人間の古い言い伝えなど もうどこかで
途切れてしまうのでしょうね。

今日の花道の出の前、猿四郎さんや笑子さんと 
そのような事を話しておりました。

私が はるか昔に先輩から聞いた話。

どこから伝わって どんな経緯で云われたのかは 全くわかりませんが、
歌舞伎役者の中で、言い伝えられてきたことの一つとして、
あえて書かせて頂きました。


これも、消えてしまう一つの言い伝えかもしれません