『六月博多座大歌舞伎』公演が、本日 初日を迎えました。

開演前には、大勢のお客様が劇場へ入って行かれました。

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博多座入口横にあります大きなポスターを眺めておりましたら、
なんと ポスターが変化していくではありませんか?

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二月に訪れた『二月花形歌舞伎』の際は、大きな一枚限りの
ポスターだったはず・・・。
話に聞きますと、先月五月の公演からこのハイビジョンに変わったそうです。


大きなハイビジョンだけではなく 柱にあるポスターまでも
色んなポスターへ変化しながら、映像まで流れたのには驚きました。

歌舞伎からスーパー歌舞伎のように ポスターまで進化しているのですね。(笑)
なるほど このように私たちの生活も毎日が変化しているのだと気づかされました。



さあ お待たせ致しました、昨日のブログからの続きです。

スーパー歌舞伎II『ワンピース』の初演時の事は、私もブログを
起ち上げた後でしたので、作り上げていく過程を ブログで
ゆっくり書かせて頂きました。


ですがスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』の初演よりもさらに、前の時代に
作られました『慙紅葉汗顔見勢 伊達の十役』 記憶を頼りに、
思い出しながら書かせて頂きます。

以前と似通っているところや 重複している所はいつもの通り
お許しくださいませ。(笑)



初演は1979年(昭和54年)4月の旧明治座。

大当たりの公演を受け その後すぐに7月歌舞伎座、9月京都南座で
再演されました。

これは、7月と9月の公演がすでに発表されて居たのにもかかわらず、
その狂言を差し替えて『伊達の十役』に変更されたのです。


4月から7月9月と この年の暑い時期、みんな熱い思いで、
この公演に臨んだ事を 今でも懐かしく覚えております。



この4月の『伊達の十役』の公演の前に 昨日も申し上げた通り
その2ヶ月前の事から少し順を追って書かせて頂きます。

『伊達の十役』のお話にたどり着くまで しばらく前の月のお話に
お付き合いくださいませ。



『伊達の十役』の2か月前の2月は、大阪梅田コマ劇場で
スーパー歌舞伎の前身である、
グランド歌舞伎『(平家物語)不死鳥よ波濤を越えて!』と
ショー的な『ザ・カブキ』の2本を一緒に、1日~26日まで昼夜2回 
公演しておりました。

これは大物浦で戦った平知盛が入水の後、実は助けられ生きていて大陸に渡り
金の国へ逃れたという源義経のジンギスカン伝説をもとに作られた壮大なドラマ。

お芝居の最後は宙乗りではありませんが、不死鳥たる大鳳に乗って 
客席中央までせり出し 天に昇って行くと云う まさにグランド歌舞伎。(笑)


ご存知のお方ももう少ないかと存じますが、梅田コマ劇場の舞台は、
前が半円形の形で客席へせり出ており その舞台装置は大変特殊なもので、
3重盆が独自に自在に回り さらに上下へ昇降する舞台。

ですから、ここで作ったものは他の劇場での再演ができません


『ザ・カブキ』も各お芝居のいいとこ取り。

お客様を舞台に上げ 猿翁旦那が質問に答えながら その前で
歌舞伎十八番の『矢の根』の五郎の お化粧をして 衣裳かつらをつけている処を
お客様に見て頂く、

こう云った趣向で その後にできあがった五郎の姿で『義賢最期』や 
『ワンピース』にも登場した海軍の戸板の立ち回りを披露しました。


その他にも色んな人が引き抜きや 早変わり そして立ち回りと
途中の休演日や1回公演もなく 私たち名題下は目の回る様な公演でした。



千穐楽後、1・2日のお休みの後 今度は熱海での第5回おもだか会旅行会の
お稽古となり、東京に集合となりました。

明日はさらに過酷な 旅行会の全容をお知らせいたします。


 つづく