『実盛物語』に於いて、幕開きから登場致します私の矢走の仁惣太。

矢走と云うのは近江八景の一つで矢橋とも書きます。
琵琶湖の周りに位置する風光明媚な箇所を並べた、

石山秋月     [いしやまのしゅうげつ]石山寺
勢多(瀬田)夕照 [せた の せきしょう] 瀬田の唐橋
粟津晴嵐     [あわづ の せいらん] 粟津原
矢橋帰帆     [やばせ の きはん]   矢橋(矢走)
三井晩鐘     [みい の ばんしょう] 三井寺
唐崎夜雨     [からさき の やう]   唐崎神社
堅田落雁     [かたた の らくがん] 浮御堂
比良暮雪     [ひら の ぼせつ]    比良山系

の、8つで近江八景。百姓九郎助のうちは堅田の浦ですね。

これらの景色が掛詞として登場するお芝居も 少なくありません



私の勤めます矢走の仁惣太は、九郎助の女房 小よしを
伯母御と呼んでおりますので 甥っ子にあたります。

ですから本来の出自は違いますが、小まんとは従妹同士に
育てられたことになりますね。(笑)


ですが、源氏の宝刀と白旗を守って命を落とした小まんに対して
葵御前の居所と実盛の平家に対する裏切りを 密告しようとして
実盛に小柄で討たれ 金儲けのために命を落とします。(笑)


先ほどの近江八景に戻りますが、私の名前も「矢走」と聞いたら
ああ、近江八景ね と思うのが 当時の「ツウ」だったのだと思います。

今では映像を含めて「インスタ映え」とかいうのでしょうが、
当時としては  名所だから 名前を聞いただけでも「あそこね」と云う
感じだったのでしょう。



ここで一つ 問題です。『実盛物語』の仁惣太以外に

「聞いた聞いた! この事○○へ注進する 待っておれ!」と
同じように出てきて 同じように小柄で討たれる役があるのですが
そのお役の名 または演目は なんでしょうか?



これがわかる方はかなりの通!(笑)


こういったお役は数ありますが、一番有名で皆様思い浮かべるは
おそらくこれでしょう。

そう『熊谷陣屋』での梶原平三景時ですね。

ここで面白いのが、梶原は源氏の武将なので 二心を持った
義経の事を密告しようとするのに・・・。

「聞いた聞いた!この事 鎌倉へ注進する!待っておれ!」

ここで「鎌倉」と申します。
これは源頼朝のことであり 幕府と云う意味でもあります。


これに対して私 今月の仁惣太は「この事 六波羅へ注進する!」と
申します。

これは平家に密告するので、平清盛の邸宅のあった「六波羅」へ
行こうとするのです。

但し、六波羅探題と云う名称は、鎌倉幕府の京都の職名ですので、
平家ではありません

平家滅亡後 鎌倉幕府が公家衆を監視するために その場所にできた組織ですので
こう呼ばれております。


私の言う「六波羅」は、地名であり、地名から来た呼び名です。

お芝居の中では「鎌倉」であり「六波羅」と隠語ではございませんが、
それだけがしめされる事も多いです。

この「鎌倉」が誰を示すのか、「六波羅」が誰の事なのか。
物語の背景を知っていたら簡単な話ですが、知らないで聞き流しておりましたら
こんな残念なことはございません


歴史的な背景をすべて知った上で お芝居を見る必要は全くございませんが、
少しでも知っておられますと 誰に伝えたのか?と云うことがわかりまして、
誰に繋がっている と云う事もわかりまして 大変面白い所でもあります。(笑)


「六波羅」と云われましたら 「ああ、清盛に知らせに行くのだな」と思ってください。


今日の写真は、今月の私の矢走の仁惣太です。

イメージ 1



これから舞台を見られる方に もう一つ問題です(笑)


今月の「実盛」の舞台、少なくとももう一つ、地名から来る通称?が出ております。
名前は出ておりませんが その地名で ああ「〇〇」だとわかる人物。

誰が 何と呼ばれているでしょうか??


舞台を既にご覧になった方は・・・幕見でもお待ち申し上げております(笑)