七月の舞台も後4日。
今日のブログも 内容に触れておりますので、未見の方はご注意を。



『駄右衛門花御所異聞』の3幕では、日本駄右衛門の妖術によって、
斬られた侍が死から復活して 駄右衛門の手下となり どんどん
手下が増えて行く という場面がございます。


序幕で陰腹を切った玉島逸当(中車さん)もこの術で蘇り その他
首を落とされた侍も、首なしのまま 駄右衛門に味方しております(笑)


最後には秋葉大権現(海老蔵さんの二役(三役のうち))の正義の術により
これらの妖術は敗れ 侍どもは元の死体となります。 

駄右衛門も 細川勝元(中車さんの二役)たちに囲まれ 謀反は決着を見ます。
ここで面白いのが、復活した侍たち。


私たちは通称 本来、歌舞伎の世界には登場しない映画のままの
「ゾンビ」と云う呼名を使っておりますが これは歌舞伎にはある事?ない事?
どちらだと思われますか?


実はご存知の通り、死者がよみがえるというのは、歌舞伎ではよくあります。

ですが、従来の形とは ちょっと違っております事には お気づきでしょうか?


『加賀見山再岩藤』の岩藤のように 骸骨から肉体が蘇るのは 
歌舞伎ではよくある手法です。

ですが、これらは「霊」として蘇ると云う発想です。
もしくは 「怨念」が肉体をもったり 他人の体に宿ったり、乗り移ったり。
それが歌舞伎に見られます 蘇りの考え方ではないかと思います。


死体そのものが動くと云う発想は 日本にはあまりないように思います。

死体が動くというと、まさに「動かして」いる『らくだ』の「かんかんのう」のような
モノが思い浮かびます。


生きている・・・と云ったら語弊がありますが、どこまで行っても
精神的なものが 生き返るのが歌舞伎の今までの手法でした。

もしくは幽霊。
これは、肉体をもっているものではありませんね。いわゆる「霊体」


舞踊の『累(かさね)』しかり 『四天王楓江戸粧』の辰夜叉御前しかり
肉体そのものでは蘇っておりません。



では、今回のお芝居の中での「蘇り」とはどういう形なのでしょうか。

最近は「バイオハザード」と云うゲームや映画 はたまたUSJの
イベントなどにも登場して、ゾンビと云う名称もキャラクターも
一般的になって参りました(笑)

最先端を行く、傾く精神の歌舞伎が、これを利用しない手はありませんね。

かくて今回のように古典歌舞伎にもゾンビが登場致しました。(笑)


しいて言えば数年前、2009年12月歌舞伎座 宮藤官九郎さん作・演出で
ゾンビを大量に登場させる「大江戸りびんぐでっど」と云う演目が
上演されましたが、正直これは歌舞伎座での演目としては賛否両論でした。

ですが、これはいわゆる「新作」


私は今回のこの古典歌舞伎の『駄右衛門花御所異聞』でのゾンビが
歌舞伎初登場と思っておりますが、皆様はどう感じられますでしょうか?


と書いておりましたら、実際にこの演目が上演された時には
この場面は一体どうなっていたのか??

気になるところです。