昨日は『芸道一代男』の舞台での、初代中村鴈治郎さんのお話を書かせて頂きました。
今日は、その初代中村鴈治郎さんの実話のエピソードを書かせて頂きます。

これはずいぶん昔、私の父から聞いた初代にまつわるひとつ話です。

上方に於いて絶大な人気を誇った初代中村鴈治郎さん 
ですが、東京においての評価はイマイチでした。

東京ではやはり、劇聖と云われた九代目團十郎 五代目菊五郎 初代左團次。
と云った方々が絶大な人気を誇っていました。

所謂 團菊左の三人。

1887年に天覧歌舞伎として井上馨邸に特設舞台を造り 先の3人が主体となって
歌舞伎を上演し これを明治天皇がご覧になられました。

天皇はいたく感心され これによって河原乞食と評されていた歌舞伎と
歌舞伎役者の地位が 芸術として認められ グンと上がった訳です。

そして1900年、上方で当時、絶大な人気を誇る中村鴈治郎さんを
興行師が東京へ招き 團菊左と共演させようとしたのです。

この時、九代目團十郎62歳。初代鴈治郎40歳。


東京歌舞伎座で、演目は一番最後に、
鴈治郎の当たり役『近江源氏先陣館八段目(盛綱陣屋)』が出て居り、
佐々木盛綱が初代鴈治郎。

そして暴れの注進。信楽太郎に九代目團十郎、
三枚目の注進、伊吹の藤太に五代目菊五郎、
和田兵衛秀盛に初代左團次。

と云った、すごい配役。


興行師の思惑で一旦は承諾した團十郎や菊五郎ですが、
たかが上方の人気だけの 役者の脇には出たくはない!と思ったのでしょうか?

悉く鴈治郎につらく当たり、「盛綱陣屋」の前の、自分たちの演目を長く長く演じ、
「盛綱陣屋」が始まる頃には相当 夜遅くとなり 「盛綱」開演後 
最初に盛綱が登場して、和田兵衛と相対しての、和田兵衛の最初の引っ込みで 
「本日、これぎり~!」との 時間切れと なるようにしたのだそうです。


私の知っている時代でも 昔は京都の顔見世などでは 昼五本 夜五本の演目を
出していて、初日近辺では最後の演目は途中 幕切れで「本日これぎり~!」と
云うのはよくあった事です。(今では考えられませんが・・・笑)

それでも、一週間ほど上演していると、だいぶ時間が出て早くなり 最後まで上演される
時間には収まったものです。
ですが、終演時間は12時くらいでしたでしょうか?

そう云った事が明治のその時代でもあったのでしょうね。
終演時間が12時近くになり 鴈治郎さんの「盛綱陣屋」は
とうとう千穐楽まで途中幕で終わっていました。

ここまでは、あくまでも、父に聞いた伝聞の話です。
子供のころの四方山話の中に、父から聞いておりましたので、
どこか、眉唾感も無くはなかったのですが、。。。


昔、私が二十歳ちょっとのころに、坂田藤十郎(扇雀時代)さんに
ついておりました時に 実際にこの事を伺ってみた事がありました。

もちろん お祖父様の実話ですから、このお話はよくご存じでして
「お祖父さん だいぶ怒ってたみたいやけどね・・。」・・と
にこやかに お話して下さいました。

藤十郎さんもご存知のこのお話。



でも、この後があるのです。

藤十郎さんには、私も若かったこともあり、それ以上は突っ込んで
お聞きすることは出来ませんでした。

恐らく真実であったのでしたら、藤十郎さんもご存知の事と思います。

今からでもお聞きしたいなと思わなくはないのですが、この話こう続きます。



千穐楽が終わり、初代鴈治郎さんが九代目團十郎さんのお部屋へ伺い、

「ありがとうございました。舞台ではご一緒できませんでしたが、
お三人様が私の盛綱の舞台の脇に 名前を連ねて下さっているこの番付は
私の宝物です。これを名誉に上方へ帰ります。」と云われたそうです。


さすがに その心意気に感じた九代目が、「待て、来月 もうひと月 東京に残れ!」
「鈴ヶ森で白井権八をやれ、俺が幡随院長兵衛に出てやる!」と 
これが確か 新富座だったでしょうか? 共演が実現したのだそうです。

それからは鴈治郎さん 九代目團十郎さんと 五代目菊五郎さんに
可愛がられたという逸話です。


父から聞きましたどこかうろ覚えのこの逸話。

どこまでが、真実なのかは正直わかりません。

鴈治郎さんが、歌舞伎座、新富座という二か月の東京での舞台を踏まれましたのは
歴史的にも記録に残っております。

ですが、残念ながら、その時の新富座の演目が「鈴ヶ森」であったかどうかは、
調べきることができませんでした。
父がおそらく誰かに聞きました、昔の歌舞伎話。

子供の頃に、父がお酒を飲みながら...の四方山話ではありましたが、、
結構、公式の記録には残っておりません、ちょっとしたエピソードが
紛れ込んでいるかもしれません。

金石混合のどこまでが真実かはわかりませんが、私が話さねば
消えてしまうエピソードかも知れません。


真実か、真実を元に脚色された、盛られた話かもしれませんが。。。笑)

何はともあれ、縁と云うのは思いがけず、そして、突然ですがどこか必然なもの。

人が人とつながるのは、ほんのひとつのポイント。 

ボタンを掛け間違えないようにしたいものですね。(笑)