『獨道中五十三驛』のお芝居 猿之助さんは今回 すべてが初役です。


私は、猿翁旦那の時に色んなお役と、吹替えをさせて頂き、また右近さんになってからも
様々なお役をさせて頂きました。

そう云った意味では 今回の猿之助さんの初役のうちのいくつかは・・・
私はすでに「吹替えとして」勤めさせて頂いているというわけなのです(笑)

なんだか変な気分ですね。



それ以外にも本当にたくさんのお役を勤めさせて頂きました。

2009年の3月新橋演舞場に於きましての『獨道中五十三驛』では赤堀源吾に扮し
2幕幕切れでは 箱根大滝の場 本水の立ち回りにも挑戦致しました。

寒かった~(笑)

ちょうど、このブログの初期のあたりで このあたりは書かせていただいておりますので
興味のある方は、5年半遡って 読んでみてください。

5歳半若かった私の 当時の記録がございます。




その時も本当に色々と大変だったのですが、今思いますと それ以上に 思い出されますのが、
3年前の2011年3月南座に於いての『獨道中五十三驛』


この時は、2009年に赤堀水右衛門を演じた猿弥さんが 博多座(中村屋の公演)に出演され
思いがけなくも私が、赤堀水右衛門と 雲助逸平を仰せつかり 勤めさせて頂きました。


大敵(おおがたき)を演じますのは 後にも先にもこの時が初めてでした。
 
まさかまさかの配役でしたので、私自身 私の「ニン」ではないのではないかと
日々自問自答しながらの舞台でございました。


とはいえ、頂いたお役に関しては 「ニン」であろうと「ニン」でなかろうと、
勤めあげなくては 役者として お話になりません。

自問自答、七転八倒、四苦八苦、一進一退

色々な四字熟語が当てはまる 一カ月公演でございました・


いや・・・「三歩歩いて二歩下がる・・・」が一番だったでしょうか?(笑)


正直 猿翁旦那の伊達の十役での仁木弾正の吹替えや 加賀見山再岩藤 他の 
お芝居の敵役の吹替えをさせて頂いていた事が 大いに役に立ちました。



ただこの公演中に、東日本大震災がおこりました。 
遠く離れた京都南座の楽屋におりました私でも、揺れたことがわかる位の大地震。

お客様にも 手放しでお芝居を楽しんで 喜んで頂く と 云う事に抵抗があり 
舞台の上でも、ブログを書くにあたっても 気持ちの上で非常に辛かった思い出がございます。


現在では、東日本もかなり復興が進み 今回の『獨道中五十三驛』では 本当に東北の方からも
お客様に来て頂き 喜んで頂いております。


今日の写真は、その『獨道中五十三驛』に何回も出演され 色んなお役もされておられますが
今回のこのお役は初役だそうです。

赤堀水右衛門役の市川右近さん

イメージ 1



もちろんバージョンは違いますが 私の方が先に水右衛門のお役をさせて頂いたと云う事も
面白い因縁です。 

この時の丹波与八郎は もちろん右近さん(笑)
同時に 逸平として 与八郎の車を引いたのも いい思い出ですね。


新橋演舞場の筋書き(番付)をお求め方は、後ろの方のページに
過去の上演記録が掲載されております。

その順番で 赤堀水右衛門の欄をご覧ください。蒼々たるメンバーの中で 
私の名前が ひと際目立っております。(笑)


本来は、私などがさせて頂くお役などでは、ないのですが・・・、

「これだから、敵役はやめられねえわえ!」


と初めて感じさせていただいたお役でございますので・・・・


いい思い出と共に 歴史(筋書き)一ページを飾っております。


「これだから 役者はやめられねえわえ!!!!」