お芝居を演じる上で 一番大事な事は 自分を見失わない事。

これは、すべての役者さんに 当てはまるのですが、私の例で申し上げます。

(前半はさておき、後半はややネタバレですので、気になる方は、
 途中までにしておいてくださいね)



昔、関西にて在籍しておりました頃の勉強会『若鮎の会』
この3回目の公演の時に私は 『仮名手本忠臣蔵 六段目』の勘平を
勤めさせて頂きました。

この折に、自分が見ていた勘平と舞台上での勘平のお役が こんなに違うものかと、
そのギャップに驚いた事がございます。

見た目では、仁左衛門さんや勘三郎さん 菊五郎さん演じる勘平にあこがれ
一度は演じてみたいお役でした。

ですが、舞台上でお役に没頭したい気持ちと 次の段どりの為に
やっておかなければならない 仕事との狭間にまさに板挟み状態。 
全く持って 経験不足の自分が、お役に入れないのです。


例えば 着替えの時に 因縁の縞の財布を落とし おかやから奪い取り
袖に入れます。

一文字屋お才の財布と 見比べた後ですが・・・。 後のこの財布。

懐に入れますと、最後に腹を切る時に 肌脱ぎをした時に落っこちてしまいます。

また、普通にたもとに入れますと、今度は 肌脱ぎをした時に 
たもとが後ろに行ってしまい 財布が取り出せません


その為にこの財布は、袖に入れる動作をしながら 襦袢の内側 背中に
入れておかなければなりません
これは、勘平役のどなたもが やっておられる秘伝です。


その他に刀をとりだした時の 包んでいた上敷きの位置。
煙草盆 煙管の段どり 等々。



お芝居の中で 演出通りに次の事を やっておかなければ、大変な事になります。


一つでも忘れてしまうなら 次のお芝居の時に 自分に降りかかって参りますから
お芝居をしながら それを確認して行かなければなりません


要するにお芝居の中に入りたいのに、入れないで外にいる自分が 
居なくてはならないのです。

これを猿翁旦那は 世阿弥の言葉を引用され『離見の見』と云われておりました。

お芝居をする自分を 離れたところから見ている自分が居なくては ならない!と・・・。


さて、ここからが 今月のお話。

今回の私のお役 玄和も役に没頭してしまうと 立ち位置がずれたりして
都から来た役人とのやりとり等の見た目が 変わって参ります。


歌舞伎の舞台は お客さまから見て 常に絵面になっていなくてはなりません

一幕の幕切れ 十和(猿之助さん)が花道に参り それを見送るみんなは 
お芝居の中で それぞれの位置に 移動致します。 
これも自然でなくてはなりません


これが なりふり構わず芝居に入ってしまうと 気がついた時は 
バラバラになってしまう訳です。


猿之助さん扮する十和は 本当に難しい事を台詞で喋っております。

私も相対しておりますが、ここでお互いが本来の親子(の気持ち)のみで
演じてしまうと 次のお芝居に支障が出て参ります。


舞台上 十和と玄和 それともう一人づつ 猿之助さんと猿三郎が 
その横に居なくては お芝居は成り立たないのです。


マラソンランナーが短距離の選手の様に スピードだけを意識をして 
距離を見誤り ペース配分を間違えると ゴール出来ません


同じように舞台上の猿之助さんも、怒りが込み上げてきた様な場面でも 
どこか冷静に それを見つめる自分が居ないと カーテンコールまで・・
いや 千秋楽まで 体力が持ちません


如何に 長いゴールを 如何に早くを目指して 毎日の舞台を勤めるのか?
毎回のペース配分を考えた、その上での全力投球が 必要なのです。  
 

今日の写真は 十和に詰め寄り 制止する私 玄和に挑みかかる 
役人 貞義(さだよし)役の 猿若(えんじゃく)さんです。

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相変わらず いい男ですが、彼もわりと 舞台上で役に 没頭してしまう性格(笑)

ついつい力が入りすぎてしまい、刀を十和に突きつけながら 威嚇(?)する
場面がございました。

猿之助さんが上手、猿若さんが下手。

刀を突きつけますと・・・客席に背を向ける形となってしまい、
猿若さんのオトコマエな顔が 全く客席から見えなくなってしまうのです。

気持ちはわかります(笑) 確かに、刀を突きつけたくなる場面なのです。


でも、これは舞台上で見ていて あまりにも勿体ないので。。。
ちょっとしたアドバイスを致しまして、今は違う形になっております。


これも、舞台上の自分の姿を意識しないと、ついついやってしまうのです。
特にお芝居の人物に入り込んでしまえば 入り込むほど やっちゃいますね。

 
それも 経験が物を云います。

きっと、この経験は猿若さんにとって 大きなものとなるに違いありません。


私も、たくさん たくさん たくさん・・・経験して今があります。

それでもまだ 今でも、没頭してしまい、後から指摘されてしまいます。
あまり偉そうなことを言えるわけではありません

お芝居の中に生きながら、入り込んでしまったらいけない。
難しい世界ですね。