松竹座、夜の部の『夏祭浪花鑑』は云わずと知れた、大阪が舞台の物語。

それも、この松竹座界隈での出来事と云っても いいでしょう。


通し狂言の序幕「お鯛茶屋」こそ堺ですが・・・。

この「お鯛茶屋」は堺の戎島。この町名は現在でも堺市堺区に残っております。

南海本線の堺駅の周辺が戎島。当時はここの茶屋の座敷から海が見えた事でしょう。

舞台の背景も海が描かれております。


そして序幕の2場、団七が和泉の入牢から赦免されて 戻ってきた場所が
住吉大社の鳥居前。幕開きには参詣人が大勢 行き来しております。


次の場面は内本町の道具屋ですから、大阪城の西側あたりでしょうか?

松屋町筋と谷町4丁目に挟まれたあたり。今でも問屋やお店が並んでおります。


釣船三婦のうちも 義平次が琴浦をだまして駕籠に乗せて走り去ったその後の台詞で
三婦の女房 おつぎが、団七に 駕籠が走り去ったその方角は 
「南の方へまっすぐと」と 云っていますので、やはり内本町から 
少し南くらいかな? 

そうかもっと西側の 堺筋本町あたりかも知れません


なにせ高津神社の宵宮のだんじり囃子が 遠からず所で聞こえておりますので、 
きっとそのあたりでしょう。(笑)


今日の写真は今月の夜の部の私。 お鯛茶屋の主人 茶平です。


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上方のお芝居をここでしていると云うのは 関西の方には当たり前かもしれません

ですが、東京に居を移してしまった私にとりましては そうそうないこと。

一歩劇場を出ますと、そこかしこに お芝居の舞台となった場所が
今でも存在しております。


幸い、今月は一門の芝居の時とは違い(笑)出番の間に 多少の時間がございます。

実際に今の風景と共に ご紹介していければと思います。


明日は今日の続き 長町裏 義平次殺しの現場は どのあたりか探ってみましょう。