先月、先々月と ヤマトタケルは ある意味古典になったと云う
話をさせて頂いておりました。


これは 間違っていないと思います。

私たち、初演から知っている 演者、縁者。

そして初演から見て下さっていた 観客の方々。


あの時を ご存じの方には こんな日が来るとは 予想も出来なかった。

そう思っております。





今でこそ 色んな規制緩和で 様々なジャンルの歌舞伎も登場しております。

『ヤマトタケル』『三国志』シリーズにおける 一連のスーパー歌舞伎。


また平成中村座などでのコクーン歌舞伎や 『野田版ねずみ小僧』
渡辺えりさん演出の『今昔桃太郎』等々・・。

歌舞伎座でも上演されております。


これらは、ある法律が改定された後に登場しました歌舞伎です。






今を去ること 26年。

1986年(昭和61年)初演の折の『ヤマトタケル』は
大変な難産だったのです。



当時、「歌舞伎」と云う演劇に対する認定と云うものは大変厳しく、
「歌舞伎」は生の舞台であらねばならず 録音(BGM)と云う物を認めない。
そう云う規制がございました。

(ある一部の効果音として 生物の声や自然現象 風 雷 等々の音は
 許されておりました。)


洋風の金管や木管楽器 ピアノなどと云った楽器は使用できず、
もちろん オーケストラによる演奏もアウトでした。


では、初演の『ヤマトタケル』はと申しますと、
ご覧になった方も少ないかもしれません。

が、今回の4代目バージョンの『ヤマトタケル』は 初演と同じ音楽
で上演されておりますので それを ご想像ください。




それ以前の法律では 物品税と云う いわゆる贅沢品などには 
かなりの税がかかる仕組みがございました。


もし歌舞伎ででも、BGMとなる 生の黒御簾音楽で行われておりましたものを
 例えばオーケストラやその他に 頼ってしまったとしたら ここに物品税がかかり 
入場料金にそのしわ寄せが 何10%か跳ね返って来る。

そう云う仕組みになっておりました。



もちろん 「歌舞伎」は 伝統文化ですからその演目自体は
課税対象にならず 非課税でした。



そんな中に まさに生まれ出ようとしておりました『ヤマトタケル』

『ヤマトタケル』は「歌舞伎」か? 否か?


「歌舞伎」と認定されれば非課税であり 
「歌舞伎でない」と判断されれば課税の対象となります。

(つまりチケット代が 跳ね上がるのです)




ですから、この規制の中のぎりぎりを『ヤマトタケル』は滑り込む事になります。

いえ、当時としては 如何にして 滑り込ませるかが、
『ヤマトタケル』の 第一関門だったのです。



舞台全体をくまなく使うスーパー歌舞伎。

必然的に音楽としての、長唄さんや義太夫さん 三味線さんを並べるスペースもなく 

芝居を動かす タイミング的な効果音楽の「きっかけ」が 

通常演目でしたら 100くらいのところが 300以上もございます。



どう考えても テープによる録音しか方法はございませんが、

ここに例えば フルートやピッコロ オルガン ピアノと云った楽器は
先の通り 使用できません

(当時の法律では 使った瞬間、これは「歌舞伎」ではなくなり、
 課税対象になって参ります。)


ここで当時の日本音楽集団さん また音楽を担当された 長沢勝俊先生の
腕の見せどころになります。

テープ録音ではございますが、初演の『ヤマトタケル』の音楽は 
すべてを和楽器で演奏いたしております。



さらにこの音楽と共に 「焼津」や「走り水」の場面は 
鳴り物さんが毎回 ナマで演奏しております。



本来 自然現象などは録音でも認められたのですが、 

当時 ベニサンスタジオでの初演のお稽古の折、
猿翁旦那がヤマトタケルの感情を表す時に用いる音として 
自然現象の録音のテープが どうしても気に入られなかったのです。

自然現象の雷や嵐の音はリアル過ぎて インパクトがないのです。



さて、本来 鳴り物さんは使わない予定で出発した『ヤマトタケル』でしたが、
急遽 鳴り物さんが呼び集められ 嵐に荒れる「走り水」を表現したところ
すごい効果となった訳です。


皆様 ご覧頂いた通り・・・(笑) 

あの場面を想像してみてください。



ガラガラガラ~と云う雷の音や 大太鼓による ドドドド~、と云う浪の音が

なかった場合、リアルな音だけでは 非常に貧弱に聞こえるはずです。(笑)


ここに「歌舞伎」として 鳴り物が入ると云う条件にも合い 一つ前進致しました。





また この当時の法律では、名題下以下の俳優さんの 抜擢が認められず 
これも使うとなると 認定から外れると云う厳しい条件がございました。


ですから、当時名題下だった笑也さんの みやず姫の抜擢も 
この条件として認められるか否か?

会社側としてはヒヤヒヤものだったのです。(笑)




初演 初日を迎えるにあたって 色んな条件を 文化庁が認め(てくれ・笑)
『ヤマトタケル』は歌舞伎であると 認定され 晴れて初日の幕が開きました。


そして当時の総理大臣 官房長官から皇族の方々 
皇太子殿下までがご観劇下さると云う 大偉業を成し遂げたのです。


でも過ぎてしまうと こんなに難産だった『ヤマトタケル』も 
他の作品と同じように見かねられません



現在では 平成元年の消費税導入と共に この「物品税」と云う法律が廃止され 
規制が緩和になり 色んな作品が歌舞伎として 認められております。 



この『ヤマトタケル』は 作者の梅原猛先生 猿翁旦那のご苦労も
測り知れませんが  本当に制作側も国と交渉を続けての 
産みの努力のあった作品でした。





振り返って 猿翁旦那の再演、再再演・・・と1998年まで続いた後 


右近丈 段治郎丈の新版オーケストラによる『ヤマトタケル』


そして今回・新猿之助丈による新『ヤマトタケル』と 上演を重ねて参りました。
(音楽は先述のとおり、三代目の作り上げた 初演に戻っております)



色んな形の『ヤマトタケル』


この先は どんな『ヤマトタケル』が 生まれて参りますのか
これは もう誰にもわかりません



これからも長くご覧頂いて その違いを見比べるのも 面白いかと思います。