小栗栖村。 


一昨日も書かせて頂きましたが この小栗栖は 実際に現存します。

今から430年前。

羽柴秀吉と明智光秀の天王山の戦い おそらく山崎の合戦がなければ 
平穏無事な日々を送っていたであろう 小栗栖村の人々。



茶亭の亭主の私も、

「昨日も明智の落ち武者に ひと釜の飯を食い倒され 肴も煮しめも
 手づかみの暴れ食いで 商売も半休みになってしまいました。」と

おそらく大変な騒ぎであった事でしょう。


そして娘は その落ち武者に「いたずらされそうになった!!」
と 嘆いております。


1日で戦(いくさ)が終わったから いいようなものの 

今でもそうですが どこかで起こっている戦争。


合戦自体は 誰かと誰かの戦い。

勝者と敗者が出来るのは 世の常でございますが、
それよりも おそらく 色んな合戦のその地元の人々は 
当時も今も 本当にいい迷惑だった事でしょうね。


亭主曰く

「どっちが勝っても 負けてもいいから 早く戦騒ぎの収まってくれる事が
 なにより。」 ・・・と(笑)



一昨日の私の女房に続いて 今日の写真は そのいたずらされそうになった
私の娘「おかん」役の 市川猿紫さんです。


イメージ 1



娘なのに おかんとは これ如何に?(笑) 

(関西では お母さんの事を おかん と申します・・・笑)


まあ、役の上では 私と段之さんの娘。

さぞかし破天荒な娘が・・・と思いましたが(笑) 
とても素直に 親に似ず(?)美しく、すくすくと育ってくれているようです。


そう云えば 私の娘と云えば そんなに人数はおりません

かなり前に書かせて頂きましたが(今から4年前の記事です。お暇なら(笑)読んでみて下さい)

記憶にございますのは 笑也さんくらいでしょうか??

他に 娘いましたっけ?私。


今月は この娘を必死に守って(?)おりますので
どうか 私たち三人家族にも ご注目ください。


猿紫さん3月には ご自身の市川猿紫舞踊会も開かれました。 

ご覧になられた猿翁旦那からも絶賛を浴び 旦那は予定には無かったのですが
昼夜ともにご挨拶に登場されたそうです。



夜の部では 序幕の「ひつぎの皇子」と「琉球の踊り子」 
それに走水では船頭に扮して花道で舟唄の 美声を披露しております。
三幕では侍女にと 本当に大活躍。

これからも大変 楽しみな若手のひとりです。