今月、私の出番『河内山』で 一番気をつけている事。

他の二つ 『若き日の信長』『華果西遊記』はある程度 
私の楽しみの中で お芝居ができます(笑)


でも、『河内山』の中の近習は そうは行きません・・・ 


なぜか?




それはもちろん 團十郎さんの前でのお芝居と云う事もございますが、

案外 お客様皆さまには印象がなくとも 近習と云うもの 
本当に肩が凝るものなのです(笑)
 

ここで一番大事な事は 立ち居振る舞い。


高木小左衛門 渡辺数馬と共に 私たち家来6人が並んで 登場致します。

私たち以外にも しとね(座布団)脇息 煙草盆を運ぶ近習。

つぎに 茶菓子等を持ってでる近習。



海老蔵さん扮する松江出雲守が、河内山の上意を承った後、

私たち近習6人が 御膳部を運んでまいります。

一の膳 二の膳 御酒 杯 御手水 手洗い桶。 

これも作法に則った順番で しずしずと運んで参ります。

が これが 本当は大変な作業なのです。  


目立たないように厳かに そして整然と・・。


6人が息を合わせて 揃えて参ります。 


ここで皆様 ちょいと御考え下さい。




例えば、位の高いかなり緊張する人の前で イブニングドレスや
正装の着物で 立ち居振る舞いをする・・・ご想像下さい。

フランス料理や 宮中お料理が並ぶような場面でのお作法。
どうやって食べていいか?分からなくなりますでしょう?


もっと 現実的に・・・
例えは悪いのですが(たとえ話ですので、御寛容に願います)

着なれない喪服(特に和装で)にての 御焼香、御献花など。

これは 慣れてしまっても困るのですが、大変緊張する
一瞬ではないかと思います。



そういった緊張感が私どもにも ございます。

上野の御使僧を 接待した事、あの近習たちには果たしてどのくらい
あった事でしょうか?

それ程何度も経験した事ないと思います。


その緊張感、無くなってしまっては このお芝居台無しになります。



私たち 近習は 役としての緊張と共に 生身の人間としての緊張とも
毎日 戦っていく必要が ございます。


もちろん 私どもはプロの役者ですから 
そんなところでいちいち過度の緊張していては 芝居になりませんが・・。


このあたりが 難しいところなのです。




こんな事がございました。


10何年前に京都造形大学で猿之助旦那が 教授を務めておられる歌舞伎講座。

デモンストレーションで私たちが演技をしたお芝居を
最終日に生徒さんたちが演じます。



『毛抜』の一場面で 腰元巻絹が粂寺弾正にお茶を持って参ります。

これが結構 難しいのです。


いざ 御稽古の時に 小道具のこの茶碗を捧げ持って 
上手く歩く事が出来ません


御稽古時は着物を着ておらず スポーツウエアでの御稽古ですが、
腰元の歩き方を指導しますと かえって 動きがぎこちなくなって 
足が動かなくなってしまうのです。


結局 茶碗を壊してしまいました。


本番の代用品には100円ショップの茶椀でしたが・・



これは天目茶碗と云われ 小道具と云えど ン十万もする代物!!
割った事については仕方ないです。 



本物を使う事、これは 大学の授業とは云え、大切な事です。

最初から 見るからに 100円ショップの物を使っていては
本物の動きはできません。嘘の動きになってしまいます。

また、例えば御稽古で100円の物を使っていて、本番だけ
本物を使うとしたら どうでしょうか???

これもまた平常心での本番は のぞむ事は出来ないと思います。




学生さんたち、どこかで大切な小道具を使わせて頂いたと云う事、
どこかで感じて頂ければ それで充分だと。。。 そう思います。




一度限りの舞台も大切。

そして 私たちが毎日しております 舞台も大切。

役の上では 緊張して 初めて御使者の前に持って行くお膳も、
普段は同じように 捧げ持って 主君の前に持って行っているはずです。

(そば近く使える近習、それそのものが おそらく緊張の毎日。
 その中での、大舞台・・・)


日常の中の 非日常。

難しいと思います。



ま これはひとつの例ですが 緊張すると身体が動かなくなるものです(笑)



今では 私どもも もちろん慣れて参りましてので 
そのような事はございませんが

そこに例えばひとり 新人が居たとしますと 
お客様はおそらく 「あの人ぎこちないね。」
と ぎこちなさはおわかりになると思います。(笑)



歌舞伎の居並び 立ち居振る舞い お客様の印象に残らないよう
所作に慣れてくるのに何十年。(笑) 


不思議な世界ですね。




余談ですが、こうやって過去の京都造形大の試演会で
育って行った生徒さんの中には

文楽の大夫さんになった人、宝塚の演出部に入った人 

さらには現在 松竹座で 座付きの小道具さんになっている女性、

所謂「業界」に飛び込んで来てくれた人が 何人もいます。 


試演会の話をするともう12年も前の話だそうです。



月日が経って その時に経験した事が 私たちのこの世界に生きている事は
本当に嬉しい事です。



天目茶碗を落としたのはこの女性ではありませんが 
まわりまわって小道具の大事さが
この人にも きっとわかってくれた事でしょう。


いえ、きっと その当時の私たちが、真っ青になったのと同じくらい、
それ以上に 思い出して 一人青くなっているのではないでしょうか。