久し振りに12時またぎのブログになってしまいました。お許し下さい。

今日は ヤマトタケル公演 2日目。


ここでふと 自分が初めて中日劇場に出させて頂いたのは いつだったかなあ?
と 過去の記録を見てみました。
 

1980年6月 君臣船浪宇和島(きみはふね なみのうわじま)宇和島騒動

このお芝居で 初めて猿之助旦那の一座で 中日劇場へ出演させて頂いていました。

古い話ですね・・・(笑)



でも 私が初めて 中日劇場へ出して頂いたのは もっと古いのです。

初の出演はなんと1974年7月 東千代之助さん 花紀京さんなどの喜劇 「笑殺仕掛人!」と
TVで受けてた 仕掛人のパロディです。

と 同時プログラムで 「畠山みどりショウ」 共に8日間だけの公演でした。

私 畠山みどりさんの唄のバックで 踊っておりました。 (は・は・は・h!) 

懐かしい思い出です。



その後 1977年 お正月 先代中村鴈治郎さんの「水戸黄門」 

この配役は 水戸光圀(先代 鴈治郎さん)助さん(故 坂東吉弥さん)格さん(先代 中村亀鶴さん)

その他の配役は 大仇の悪家老、市川段四郎さん 局と旅籠の女主人の二役を 藤間紫さん
 
そして財津一郎さん  平凡太郎さん 他 歌舞伎勢 喜劇勢 様々な方が 競演されていて 

演出もテレビの水戸黄門の 故・大西信行先生!音楽もテレビそのままでそれはそれは面白かったです。


この大ヒットのおかげで次の1978年のお正月も ほとんど同じメンバーで 
先代 鴈治郎さんを主演とした 馬の足の歌舞伎役者を素材とした「どっこい 馬さん」!

劇中で 小栗判官の碁盤乗りの宙吊り 丸橋忠弥の大立ち回りなどを致しました。

(私 当時25歳 代役 大抜擢で 夢の場面 中村玉緒さん扮する十二単衣の官女と
 平家の若武者での2人踊りを この中日劇場でさせて頂きました。)

懐かしいなあ・・・・       ごめんなさい


その後この劇場での、挫折や 抜擢や 不注意不覚の事故や 今回の襲名!

34年に渡り 様々な思い出のある中日劇場の公演

振り返ると 走馬灯のようではありますが どれもなくてはならない
経験の道のりであったと思います。


お陰さまで 名古屋の市川猿三郎襲名公演 ひとつまた 思い出が刻まれました。