霊感のある母の体験(震災) | めんこい幸せさがし⭐なんだりかんだり⭐

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おばんです



震災時の不思議な話

母が入院中に体験したはなしです。


亡き母は霊感がありました。


夢に亡くなった人が出てきて話したりお告げを聞いたり。(霊媒体質?なのかな)

そんな時母は、「眠った気がしなくてとても疲れる」と言ってました。眠ってるとうなされたりしていた。


震災の日大きな地震の影響て津波が発生し沿岸の道路は瓦礫で走れる状態ではありませんでした。

灰色になった町

たくさんの犠牲者

服も何もかも流されとライフラインの崩壊



遠野は内陸と沿岸3箇所に行ける結ぶ唯一の道路でした。行政や支援の拠点にもなりました。

自衛隊の寝泊まりする場所(遠野のサッカー場でテント泊)


とてつもない災害に皆が不安と悲しみ苦しみでごった返していた東北



陸前高田から往復もヘリコプターが行ったり来たり。盛岡の病院へ重症の患者さんが運ばれたのでしょう。

悲しくてご無事でと祈るしか出来ませんでした。


母親が不思議体験した場所は、遠野病院


震災のあった10年前 3月11日

前から、喘息と肺炎で入院中でした。

地震の時の様子を興奮気味におしゃべり

停電して真っ暗で怖かったけと、補助電源があったから大丈夫だったとか。


母親(今は亡き)を見舞うと話始めました。


遠野病院へも沿岸から沢山の津波の犠牲者が救急車で搬送されるてきたそうです…。


毎日夜になるとうなされる声をアチラコチラで聞こえてきたり、亡くなる方も多数だったそうです。


そんな中母が体験したことは


・夜になるとたくさんの亡霊(浮遊霊)が夜な夜な母に襲いかかる。(恐ろしい顔して飛んでくる)→母の対処方(食卓塩をふりかける)浄めの塩をまく


朝、看護婦さんにこれどうしたの?と聞かれたらしく適当に誤魔化したそうですが‥。(笑)

看護婦さんも何かを察してくれたのか、その後は何も言わなかったそうです。


私「ボケたと思われるから塩ふるの止めたら(苦笑)」と言うと

母「たくさんの死んだ人(亡霊が)来て寝られないから」

のような事言ってて、すごく怖がるでもなくて、困ったなぁと言う感じでした。

霊感がある人見える人にはそんな状況で辛かったのでしょう。


霊能力がある人は、浮遊霊となり彷徨う魂を上に上げる作業を人知れずしています。

ブログを拝見していると、霊能力者の方が神社に出向いたりしているのを見ています。

そのまま放置すると悪霊になってしまうとか。



・母親の病室から見えた話

病院のほど近い(目の前の)葬儀屋で両側ズラーと花輪が飾られて明かりが灯されている道を亡くなった多くの人がズラリと列をなして並んでいた。(おわかりだと思いますが、実際の目で見える出来事ではありません)


霊になっても死を弔ってもらいたい救ってもらおうとするもんなんだなぁ〜

魂が天国に導かれるように見えない存在が門を開けてくれたのかなぁと思いました。



一瞬で、命が奪われ家族とも離ればなれになってしまったんだもの

明日がいつもの様に来ると思っていたのが津波で奪われた。無念だったと思う。



・襲いかかる亡霊×水晶

母に誕生日にプレゼントにパワーストーンブレスをあげました。誕生石入り


霊が近づくと、その水晶が母を守ってくれたそうです。ピッカーと一筋の閃光になって、やっつけてくれた‼️

とても感謝されました。


水晶は本当に、魔除けなんだなぁと確認出来たことに感動してしまいました。


母が霊的な影響受けなければいいなぁと心配もしましたが、その後回復し無事に退院できました。ご先祖様に守ってもらえたんだね。



もう一つは、私の体験


夕方のニュースは地元のテレビ局

とてつもない津波により、大きなエイが民家の中から見つかったとか被災地の支援物資とかニュースになり、被災した方々も協力して日々の片付けをしている場面がうつりました。


・震災から何週間か経ち、悲しくてもやらなければならない事や庭にある大量のガレキを人々が協力して片付けている画像がありました。その時に犠牲になられた💀がありました。


木の枝だと持上げたら☠…。映像が一瞬見えてVTRが切れました‥。

映ってはいけない映像を見ていたアナウンサーも固まり青ざめてしまいました。

あえて見せたのか?


誰も気がつかなかったのか、視聴者でもネットにあがらないと言うことは気がついていないのかも知れません。

2人のアナウンサーは確実に気がついていました。私も‼️



・震災から1ヶ月くらいかな?

盛岡から釜石を走る"ハマユリ号"に乗りました。盛岡と釜石を結ぶ列車です。


ドアが開くと、ヘドロとか重油とか焦げたような普通にはない独特の匂いが車両に染み付いていました。

TVの情報を肌で(臭覚)で感じたんです。


そして乗ったとたん、沿岸の方の悲しみが溢れて来ました。辛かっただろうね。今も苦しんでいるだろうね。


人が数人しか居ないのに大勢いるような‥。津波から逃げて来た多くの魂を乗せているように感じました。


そんな想いを馳せる感覚になり、乗り過ごさないように目的地まで気を張っていました。


私の亡き母はおしゃべりで、お茶目な人だったんです。


悪姑の鬼ババァにイビられて、その息子(父親)に苦労させられても、健気で明るく優しい母でした。


姪っ子は霊感あり

母が心臓発作で亡くなった後、孫が心配&大好きでテレビの液晶に映ってたそうで

「ばっちゃんが手を振っていた」そうです。

母ならやりかねない(笑)

(姪っ子も霊感あり)


私の夢に出てきてくれます。

この間の夢では

「きょうだい仲良くしてね」

と言うメッセージでした。

キョウダイナカハワルイノダグラサン

いつも、護ってくれてありがとね💖


お墓参りに行きたいな。💐


10年目の3・11震災の日。

私の覚え書きとして記事にしてみました。









じゃ😌またね