女優・大原麗子の情念、私を女優と呼ばないで!
大原麗子の経歴を見て驚かされるのは、
大女優と思えぬ圧倒的な仕事量である。
端役でフル稼働だった東映の新人時代はともかく、
主演の座を獲得した70年代後半から90年代になっても「掛け持ち」は続いた。
麗子の唯一の兄弟である弟・政光は、その理由を口にする。
「姉は早くから自分の事務所を構えて、スタッフの給料はもちろん、
メイクや結髪やスタイリストも自前だったんですよ。
姉はNHKのドラマも多かったけど、ご存じのようにギャラは高くない。
経費を引いたら赤字です。NHKで4日拘束されたら、
残りの3日で民放のドラマをこなし、こうしたお金を作っていた」
また80年に再婚した森進一は、歌謡界の重鎮ではあるが、
前年に起こった「渡辺プロからの独立」の余波で、
干された時期だった。
2人の新居の光熱費もお手伝いの給料も、麗子がせっせと稼いでいたという。