ワンダと巨像 心の戦い
久々にプレイ開始です。
昨日クローバースタジオの件で、そう言えば「ワンダと巨像」はまだプレイの途中じゃないか
ということを思いだし、おもむろにやってみた。
3体しか倒してませんでした。
無理に進めようとせず、リハビリもかねて気持ちよく世界を味わってみようと、アグロ(馬)にまたがり、
広大な大地を駆ってみる。
数ヶ月ほうっておいても、アグロは気持ちよくこちらの呼ぶ声に応えてくれる。
タカタン、タカタンとアグロが軽快に走り出す。
馬上で剣をかざし、光の導きをたどり、巨像を探す。
途中道に迷ったり、つい寄り道をしてしまいながらも、光の示す場所へたどり着き、
自分の背丈よりはるかに巨大な巨像の姿を目の当たりにする。
巨像を観察し、弱点を見つけ、攻める。
そして、登る。
登って、剣を、突き刺す。
巨像から血しぶきが舞い上がり、もだえ、あばれる。
両手で必死に巨像にしがみつき、再び突き刺したり、時に振り落とされたり。
振り落とされそうになると、お腹のあたりがキュウッてなる。
幾度となく挫けそうになっても、あきらめず、最後の一撃を振るい、ついに巨像は地に伏せる。
の繰り返し。
一応のストーリーはあるものの、それを辿ることがコンセプトではないはず。
とてつもなく大きな敵がいるから、それを倒しに行くという冒険。
剣と馬、荒野、そして巨像。それがすべてを物語る。
言葉なんていらない、己の行動こそ、アクションこそ全て。
四の五の言わずに登ってみよう、駆けてみよう、突き刺してみよう。
なんとか8体まで倒しました。
倒していくごとに巨像も好戦的になり、
弱点も見つかりづらく、観察が大事になってくる。
以前は、どうしても戦闘が長くなってしまうので途中でやめられないのがネック
と思っていたけれど、
この巨像に対して4,5分で終わってしまう戦闘ではなく、
30分や1時間かかっても倒せないほどの死闘の方が緊張感があってふさわしいと思うようになった。
幸い、主人公の体力は自動で回復していくし、一撃死というのも今のところ無いので、
がんばればなんとか勝てる。
つまりそれは巨像との戦いに挫けるか挫けないかの心の戦いでもある。
暇だからやるかというゲームではなく、
よし、冒険に出かけるか!というゲーム。
昨日クローバースタジオの件で、そう言えば「ワンダと巨像」はまだプレイの途中じゃないか
ということを思いだし、おもむろにやってみた。
3体しか倒してませんでした。
無理に進めようとせず、リハビリもかねて気持ちよく世界を味わってみようと、アグロ(馬)にまたがり、
広大な大地を駆ってみる。
数ヶ月ほうっておいても、アグロは気持ちよくこちらの呼ぶ声に応えてくれる。
タカタン、タカタンとアグロが軽快に走り出す。
馬上で剣をかざし、光の導きをたどり、巨像を探す。
途中道に迷ったり、つい寄り道をしてしまいながらも、光の示す場所へたどり着き、
自分の背丈よりはるかに巨大な巨像の姿を目の当たりにする。
巨像を観察し、弱点を見つけ、攻める。
そして、登る。
登って、剣を、突き刺す。
巨像から血しぶきが舞い上がり、もだえ、あばれる。
両手で必死に巨像にしがみつき、再び突き刺したり、時に振り落とされたり。
振り落とされそうになると、お腹のあたりがキュウッてなる。
幾度となく挫けそうになっても、あきらめず、最後の一撃を振るい、ついに巨像は地に伏せる。
の繰り返し。
一応のストーリーはあるものの、それを辿ることがコンセプトではないはず。
とてつもなく大きな敵がいるから、それを倒しに行くという冒険。
剣と馬、荒野、そして巨像。それがすべてを物語る。
言葉なんていらない、己の行動こそ、アクションこそ全て。
四の五の言わずに登ってみよう、駆けてみよう、突き刺してみよう。
なんとか8体まで倒しました。
倒していくごとに巨像も好戦的になり、
弱点も見つかりづらく、観察が大事になってくる。
以前は、どうしても戦闘が長くなってしまうので途中でやめられないのがネック
と思っていたけれど、
この巨像に対して4,5分で終わってしまう戦闘ではなく、
30分や1時間かかっても倒せないほどの死闘の方が緊張感があってふさわしいと思うようになった。
幸い、主人公の体力は自動で回復していくし、一撃死というのも今のところ無いので、
がんばればなんとか勝てる。
つまりそれは巨像との戦いに挫けるか挫けないかの心の戦いでもある。
暇だからやるかというゲームではなく、
よし、冒険に出かけるか!というゲーム。