さ~て、書く事がなくなってきました。
自門派の事を書きすぎるのも、いろんなとこから・・・問題があるので、ほどほどにしながら書くことにしましょう。
まあ、それでも習うときに、初めに注意されることしか書いてないので、ぎりセーフでしょう。笑
そうはいっても、自門派のことを書くのもはばかれるので、一般的な要訣の話とかなら、問題ないかも知れませんね。
日本の諺に、守破離っというのがあります。
Wikiにこんな風に書かれています。

 「守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。日本において左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。 まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。」

まあ、そうでしょう。
以下は、私の個人的な見解ですので、気にしないで下さい。
私は守破離の中で、守がもっとも需要だと思っています。
様々な人を見ていると、守を飛ばして破に走る人がいます。
型の中の本質を理解する前に、自分勝手に創作する人々ですね。
そもそも破は、自分勝手に作るものではありません。
守を徹底的に行っていく中で、型の本質を知り、その中に自分なりの解釈や考え方が生まれ、工夫していくことで自然と独自の型が生まれるものです。
守をやり切れずに、自分勝手に破の段階に進んだと思い、勘違いしていては離の段階に進むことは出来ないでしょう。
本質を理解できるようになれば、自然と自分なりのものが生まれるので、焦らずじっくり学んで行くのが良いのでしょう。
震脚
中国武術マニアの方には、お馴染みの単語でしょう。
勁は地球の力を使うとかなんとか、そんなことを言われるときに、震脚がどうのこうのと話されますね。
人間に地球の力を自由にできる事ができたら神ですよ。
人間ですから、人間の範疇を超えたことは出来ないので、幻想を追うのはよしましょう。
現実的な話、震脚は六合を合わせるタイミングを計るものです。
震脚を踏むと音が出ますね。
その音、バンとなった瞬間に型の動作が完結しているようにする。
震脚によって六合を合わせ易くします。
それが震脚の目的です。
震脚を踏んだから、威力が出せるというものじゃないですよ。
六合が合って、下半身が安定しているから、威力が出るんですよ。
震脚を踏まなくても、六合が合わないと意味がないですから、気をつけましょう。
震脚の、もう一つの目的は気沈ですね。
震脚時の音で、しっかり気沈が出来ているか判断できます。
しっかり出来ている人の音は、ドンって感じの音がします。
パンとかバンって感じの音なら、まだまだ足りていないって事がわかります。
タダの練習方法の一つというだけですから、それ以上でも、それ以下でもないんですよ。
個人的には、震脚は早く套路を行うときに、合わせ易いので助かりますね。
 整勁 ご存知だと思いますが、整勁は発勁の種類ではありません。
 整は整える、勁は力となります。
 一般的には姿勢を正す事となります。
 もう少し具体的に書くと、今までの体の癖を取り除き、武術の求める体に作り変えることを表します。
 その結果得られる力が勁です。
 そのため整勁は、体を整えることだよって言われるんですね。
 整えた結果、得られる勁だから整勁。
 シンプルですね。
 勁を得るために、各要訣を守り身につけていく、その過程も整勁とも言えるんですよ。
 なぜなら、勁は0から一足飛びで身につくものではなく、0.1.2.3と少しずつ順に身についていくものだからです。
 各武術にはそれぞれの要訣があるので、ご自身の武術の要訣を良く理解し身につけて、整勁の道を歩みましょう。
腰は廻すのか廻さないのか。

 手技での攻撃のときに、腰は廻すのか廻さないのか。
 これには色々な意見があると思います。
 他所の意見はどうでもいいので、当会の武術について考えて行きましょう。
 結論は、腰は廻しません。
 廻す必要がありません。
 六合と言う事を聞いたことのある方も多いと思います。
 前にもチラッと書きましたしね。
 六合は6つのことを表し、それを2つのグループに別けています。
 外三合、内三合と2つに別けます。
 外三合は、足首と手首、膝と肘、股と肩に別けられ、武術の動作の注意点を表しています。
 意味は、足首と手首、膝と肘、股と肩あわせること。
 例を出すと、構えたとき(何でもいいです)右手右足が前になっているなら、右手右足の足首と手首、膝と肘、股と肩を合わせるということになります。
 内三合は、意、気、神の3つになります。
 これは気功としての要求であったり、心の持ちようであったりと、内面的なことをさしています。
 六合とは動作と、自己の内面とを一体として動きなさいといっている訳です。
 肉体と精神の合致を目指すこと、それが六合の目指すところですね。 話が脱線しましたので、戻しましょう。
 腰を廻す必要があるかですが、この外三合を守って動く限り、腰が廻るということはありませんと言いたかったので、再び六合の話をさせていただきました。
 回りくどい説明になり、申し訳ありません。

 最後に、要訣を守る、型にはめる。
 型を崩す前に、要訣を守り型にハマる事が必要です。