銀河ホテルの居候4 ほしおさなえ 集英社文庫 2026年1月25日第1刷 中央図書館
4月28日受取
5月12日返却期限→返却
第一話 満天の星を見上げて P7~
第二話 誕生から死までの線分 P107~
第三話 順境にあっても逆境にあっても P203~
苅部文彦(かるべふみひこ) 銀河ホテル アクティビティ部門責任者。
三枝(さえぐさ) 銀河ホテル宿泊部門責任者
高林 宴会部門 30代前半でショートヘアの女性。
上原旬平(うえはらしゅんぺい)
・由香(ゆか) 母 銀河ホテル社長
・裕作(ゆうさく) 父 銀河ホテル前社長
「満天の星を見上げて」
有村と大橋は大学時代、フォークロック研究会というサークルで、バンド活動していた。有村は、生のピアノと作曲。大橋はギター。最初は同期の加地がボーカルで、それぞれの頭文字をとり、KOA(コア)だった。3年のときに就職活動のため脱退。バンド解散かと思われたが、1年の宮田が加入して「ミッドナイトトレイン」継続。
宮田はその後も音楽を続けて、歌手でメジャーデビューした、数年前に休養宣言していたが、春に復帰、10月に軽井沢で復活のミニコンサートするというので、大橋一家と有村が観覧に行き(宮田に走連絡なしに一般観客として)、大橋の妻の提案で銀河ホテルに宿泊。
有村光(ありむらひかる) 37歳独身。文具店勤務。音楽家である母方の叔父がピアノ教室を開いているので、幼少時から通った。音大には進まず、その後は趣味活動として続けている。大橋とは大学卒業後も交流し、大橋の子どもたちとともによくでかけており、「光るおじさん」として親しまれている。
大橋 教師、妻子持ち。大学時代のバンド仲間。ギター。愛車はSUV。親も教員。
・和海(かずみ) 妻
・郁人(いくと) 長男 6歳
・美咲(みさき) 長女 3歳。
加地 最初のボーカル。歌ってみたいと参加。3年のときに就職活動のためとサークルを脱退。作詞を担当。
宮田玲央(みやたれお) 文学部日本文学科。二代目ボーカルとして加入した一年生。小柄で茶髪は地毛。プライド高め。有村と大橋が卒業後も音楽を続けて、後にメジャーデビュー。作詞もすると宣言。母型の叔母が、バンドメンバーと同棲後に自殺したので、家では音楽は禁止だった。
「誕生から死までの線分」
毎年、手紙室で息子への手紙を書いていた
妻とは、銀河ホテル入社後に、フラワーショップの仕事で銀河ホテルに出入りしており知り合う。銀河ホテルの庭で人前式の結婚式をした。
毎年、直樹の誕生日前後に休みを取り手紙室を利用しているので、直樹宛にかいているのは公然の秘密となっていた。20歳の区切りで終わりにするか葛藤したが、父親の晩年を思い出し、継続することにした。
ふと、苅部がくる少し前に、銀河ホテルのダイニングで苅部ににた人を思い出し、ワークショップ後に尋ねると、苅部は否定した。ホテル前に来たことはあるが、中には入らず、求人の看板をみつけたという。
吉田 32歳のときから銀河ホテルに勤務し部門シェフ、副料理長を経て、45歳で料理長に。、勤務開始2年後に苅部が入社した。苅部は15歳年上。生まれは横浜で家業は酒店だった。39歳のときに息子誕生(同年に上原裕作死去)。47歳のときに銀河ホテルに手紙室がオープンし、8歳の息子あてに手紙をかいた。
・秀美(ひでみ) 妻、6歳年下。銀河ホテルにも出入りするフラワーショップ勤務。
・直樹 一人息子。高校時代から森林環境に関わる仕事に付きたいと、東京大学農学部に進学。上原旬平より5歳年下。
柿谷(かきや) 父から紹介された白馬でペンションを営む。夏休みと冬休みは住み込みでアルバイトした。
渡辺(わたなべ) 入社時の銀河ホテル料理長。75歳で引退し。2年前に死去。
谷口(たにぐち) 入社時の銀河ホテル肉料理部門シェフ。当時既に高齢・
馬場(ばば) 5年前に入社した若手。
「順境にあっても逆境にあっても」
銀河ホテルで人前式の結婚式をあげるカップル
結婚相手の思い出の場所のため
大学時代に、社会福祉学科で軽井沢のセミナーハウスでの集中講義(人気が高く、抽選制)で出会う。集中講義後に、大友の提案で銀河ホテルでランチした。
井上真奈(いのうえまな) 私 大卒後に専門学校に入り「精神保健福祉士」資格取得し、区の教育センターでスクールソーシャルワーカーとして勤務、
・芽衣(めい) 妹
・父 人事部勤務
・紗和(さわ) 大学時代の同期。セミナーハウスの集中講義に参加。現在も交流が続いており、結婚式の受付担当。
・大友香澄(おおともかすみ) 一年先輩で、セミナーハウスでの集中講義に参加(前年は抽選漏れで再チャレンジ)。
・増田志乃(ますだしの) 高校時代の進路指導講話で、福祉施設職員。
田所修太(たどころしゅうた) 結婚相手。
・綾乃(あやの) 母 元小学校教師。第二子の修太出産時に退職。子育てが一段落後に児童館で仕事をしていた。昨年事故で意識不明になり半年後に死去。
・花蓮(かれん) 修太の兄夫婦の娘。幼児
林(はやし) 真奈の小学校時代の教師。小柄でパワフル。