サンショウウオの四十九日 朝比奈秋著 新潮社 2024年7月10日発行 南図書館
地元新聞で紹介されていて、
2024年11月1日予約
2,025年4月8日受取
4月20日返却
4月22日返却期限 5冊所蔵
初出 「新潮」2024年5月号
杏視点だったり、瞬視点だったり、バラバラな感じ。
実家に帰省し休んでいるとき、十年前に、父の若彦がふと思い出したように、出生時のことを語ったのを思い出した。
『伯父の勝彦は、出生時は普通の赤子だったが、ミルクをあげてもみるみるうちにやせ細り、検査の結果兄弟が体内にいるのが判明し「胎児内胎児」との診断。胎児が育つのを待って(判明から)半年後(勝彦が生まれてから約1年)に取り出された(勝彦の胎内にはもうひとつ嚢胞があり背骨や指の骨、眼球もあっあというが、こちらは勝彦に吸収されたのではとの見解)。DNA的には兄弟になるので、生まれた日は勝彦から取り出された日ではなく、勝彦が生まれた日と同じ日になるとされ、津和子はさかのぼっての出生届を受理してもらうために、裁判所の書類が必要と言われ、市役所と地方裁判所を行き来することとなった。出生届受理時にどちらを兄にするかと問われたが、先に生まれた勝彦を兄に、勝彦から取り出された弟を若彦と命名。若彦はすぐに大きくなり、数ヶ月で新生児治療室からもでれたが、勝彦は痩せたまま育ったという。
取り出された直後の若彦は先天性食道閉鎖症で、食道と胃が繋がってなかったので、ミルクをあげても噴き出していたのですぐ手術した。』
実家滞在する予定だったが、予定変更して帰宅してから母から電話があり、伯父の勝彦が死去したという。
濱岸杏と瞬 29歳。結合双生児だが、のんびり村の村長猫のハーフ&ハーフのように、半分半分の体全体が結合し、左右非対称の身体で、右はなで肩で丸顔で天然パーマ、左はいかり肩で面長でさらさら髪、最初は一人だと思われていたが、左脳と右脳の間に小さな脳があり、腸は途中で分岐して再合流、膵臓は2つあり、子宮は普通より極端に大きく仕切り壁のような肉壁があり、左右で爪の形も異なりありなにかおかしかったが、5歳の秋に精密検査で結合双生児と判明。
杏は左側、瞬は右側。
出生時は、杏だったが、小田原の家庭裁判所で、面談し結合双生児と認められて、杏の出生届と同じで、名前だけが瞬となる出生届が受理された。
膣は一つで、片方は同意のある性行為でも片方は同意なしのレイプとなるので、永遠にできない。
大学病院の看護学部に入学した。大学卒業後は、系列の老健施設を紹介され就職したものの、一年も立たずに離職した。入居者の家族が、障害者に専門的な看護をさせるなという投書が都度都度あったからだ。
その後は初対面の人には杏か瞬どちらか片方で自己紹介し、もう片方は黙っていることにしていて、パン工場での仕事は瞬として就職した。
伯父の急逝の知らせがあった。
杏と母は新幹線で向かうが、父は名古屋で仕事があるからと車で向かったが、途中で渋滞に遭遇した上、お腹が空いたからと道中のコンビニで買い食いしていたので出棺には間に合わず、火葬場でも時間的制約から最後の対面も不可だった。
49日までの間
49日に京都の県境の郷里での納骨だったが、若彦はこのときも遅れて、納骨に間に合わず、家族会議して納骨は翌日順延することとなり、杏たちは祖父母宅に宿泊。夜の階下から音がするので様子を見ると、遅れて到着の若彦が、お墓にお参りしてきたというがぼろぼろであった。
翌朝、瞬は声が出せないほど扁桃腺が腫れており、応急処置のため、父の運転で市民病院に行くところで物語は終わる、
若彦一家
若彦が転勤で神奈川に移ってから、杏と瞬は誕生。
濱岸(はまぎし)家
杏(あん) 私
瞬(しゅん) 妹
・若彦(わかひこ) 父 ちょっと抜けているけど健康体。兄のことは「かっちゃん」と呼ぶ。
・トシ 母の母、幼少期は同居していて夜勤の母に変わって子守をしていたが、認知症が進み施設入所し、その後死去
伯父一家
濱岸勝彦(かつひこ) 伯父 大学の哲学科教授。体が弱く、若彦から腎臓移植を受けようと協議中に不整脈で急逝
・・美和(みわ) 伯父の妻
・・彩花(あやか) 伯父の子、妊娠中
・・・克樹(かつき) 彩花の夫
濱岸家の実家 京都駅から電車で1時間の県境
濱岸津和子(つわこ) 勝彦の母(祖母)
・達治(たつじ) 勝彦の父(祖父) 今は車椅子
山谷(やまたに) 近所の人 酔っ払って左の足首を骨折
谷口 パン工場パート仲間
島田 パン工場パート仲間
水田 高校時代の女子グループ。男子に仲間外れにされたので女子グループに
泉 女子グループ
花織 女子グループ