百年の子 古内一絵著 小学館 2023年8月8日初版第1刷発行 中央図書館
新着から予約
9月16日受取、全5冊所蔵、予約総数8
9月21日読了、返却。
令和3年 春
昭和Ⅰ(昭和19年 1944年) スエの記憶
令和3年 初夏
昭和Ⅱ(昭和20年 1945年)1月~9月 スエの記憶
令和3年 夏
昭和Ⅲ (昭和42年 1967年)・(昭和43年 1968年) 野山の回想
令和3年 夏
昭和Ⅳ (昭和45年 1970年) 野山の回想
令和4年 夏
文林館の学年誌は「學びの5年生」「學びの6年生」から開始。
教科書の副読本という位置づけにしたと小学校しか卒業できなかった創業者がきめた。1年生から6年制まで揃ったのは創刊から3年後の1925年。
戦中は低学年向けは「よい子のひかり」中学年以上は「小國民のひかり」へ統合。
北原白秋、室生犀星、佐藤春夫、林有美子の執筆陣。
百年企画で、戦中の雑誌を手にとった明日花。戦中は女性の入社が、多くなり1944年の入社の社員の中に祖母の名前「鮫島スエ」の名前を見つける。コピーとともに帰宅後に祖母に尋ねるが口を閉ざしたままだった。母に聞くと、黙っていてとお願いされたそうだ。
スエは房総の花卉農家で生まれたが戦中で花卉栽培は禁止され、配給用の芋栽培に。スエは口減らしのためと、親戚を頼って洋裁店に住み込み→洋裁店も職業整備で閉店に追い込まれ、昭和19年に文林館住み込み臨時職員に。当時は辰則の従弟が支配人、アキが名目上の社長だった。
学生だった文則が招集され陸軍宇都宮飛行学校入隊。
空襲で、食堂の賄いのおばさんも家族を失い、「多くの親や子を洗浄に焚き付けてきたんだ」と松永や内村をなじった。
敗戦の翌月末、個人経営の文林館は解散し、スエにも(会田家から)退職金が支払われた。
新たに株式会社文林館となり、特攻隊訓練を受けたが出撃しなかった文則が戻ってきて新社長に就任。
秋の合併号を皮切りに「良い子の光」「小國民のひかり」「青少年のひかり」がスエのもとに贈られてきて、復職も要請されたがスエは固辞した。
個人経営時代は社員に男子が生まれると兜を、女子だとひな人形を送る風習が有り、会社となってからもアキは送り続けた。
百年企画で、元取締役に徳永と明日花がロングインタビュー。
野山彬の新入社員時代
野山の入社10年前に史乗社(しじょうしゃ)が学年誌に参入し「明るい○年生」を発行、当時学生の井波も編集要員とされ出社して対抗したという。入社4年前に史乗社は「あかるい幼稚園」を残して学年誌から撤退。史乗社は野山の第一志望だったが頭の固い学生はいらないと落とされていた。総務課長の松永トメは定時後の冷房使用は不可とした。グリム童話のリライトで行き詰まっていた野山に、戦後の「良い子のひかり」を見せた。
野山入社4年後。
前年春に松永トメと内村静子は定年退職した。後任の総務課長は男性。
君嶋織子にぜひとも執筆依頼をしたく、講演会に通い詰めるが、「学びのニ年生」付録で「ひばく人」問題が勃発しており、最終日は出席したものの質問もせずにいたが、顔見知りとなった”春風の君”につれられて楽屋に入ると、会社を定年退職した松永トメと内村静子もいた。
登場人物
市橋明日花(いちはしあすか) 文林館に新卒入社5年目。若い女性向けファッション誌「ブリリアント」担当から「学年誌創刊百年企画チーム」へ期限付き異動。動物アレルギーのため2歳から祖母宅に預けられていた。
・スエ 祖母 旧姓は鮫島。昭和2年生まれ。兄二人が相次いで病死したのでこの子は死なないようにと、長女ながらスエと命名。
・待子(まちこ) 母 獣医師。災害地へのレスキューも手掛ける。
・高槻稔(みのる) 元父、明日花が5歳のときに離婚。その後再婚したが連絡は取り合っている。
鮫島孝蔵 スエの弟で、明日花にとっては「さめのおじさん」
岡島里子 同期、授かり婚で結婚・出産し、今は夫の両親と同居 結婚技は岩下だが、仕事は旧姓使用。
・湊(みなと) 子
誉田康介(ほんだこうすけ) 明日花の同期、熟年向けカルチャー希望だが学年誌児童出版局「学びの一年生」担当。
会田辰則 初代社長 昭和13年病死、享年41
・アキ 辰則夫人。2代目社長。スエが文林館へ入るよう背中を押した。
・文則 辰則の息子で3代目社長 昭和13年当時13歳、昭和19年、陸軍宇都宮飛行学校へ入隊。
・幸則 辰則の孫で4代目社長 学年誌のうち、「学びの一年生」の刊行継続に意欲。2年生~6年生は休刊した。
野山彬(のやまあきら) 文林館元取締役でかっては「学びの一年生」編集長。徳永の入社試験で面接担当でもあった。現在は評論家。信州出身。第一志望の会社に落とされ、文林館はすぐやめるつもりでの入社だった。
徳永清志(とくながきよし) 初老で胡麻塩頭。殆どの学年誌に携わっていたので「学年誌創刊百年企画チーム」チーム長
井上 明日花はロン毛と呼ぶ。独身 企画チーム員
迫崎(さこざき) 明日花はパジャマと呼ぶ。妻子持ち、一児の父 企画チーム員
小池八重子 「ブリリアント」副編集長
スエの時代
支配人 会田辰則の従弟で初老。
堀野 「学びの一年生」編集長
松永トメ 総務担当 30台既婚、通い勤務。高学歴(高等女学校→女子専門学校(女専)
)。五女で女では打ち止めにしたいとトメと命名。
内村静子 経理担当 30台既婚、通い勤務
佐野稲子 スエと同年代で住み込み。
賄いのおばさん 食堂のおばさんで、空襲で夫と子を亡くし、人相がかわった。
林有美子 「小國民のひかり」に連載していた「宗六の日記帖」作者の作家
白坂円(しらさかまどか) 林有美子の家の近くに住み、林家で留守番も。女子専門学校生。スエと同い年。
野山彬の時代
戸塚治虫 黒縁のロイドメガネをかけた丸顔の漫画家。野山彬が新入社員のときに原稿を取りにいかされた
畠田編集長 野山の新入社員時の「学びの一年生」編集長
井波 「学びのニ年生」副編集長→編集長、昭和一桁生まれ
松永トメ 総務課長、黒いスーツ着用。
内村静子 経理のベテラン、春闘では座り込むことも有り、役職には就いていない
堀野 相談役
佐野三津彦 戦災孤児あがりの児童文学作家
高山 子ども調査研究所(通称・子どもセンター)所長
君嶋織子(きみしまおるこ) 女性児童文学作家 「良い子のひかり」でグリム童話のリライトを書いていた、児童文学者団体代表に。君嶋は夫の姓。日本のオールコットになれると言われてペンネームをオルコとした。本名・君嶋円。
山中人志(やまなかひとし) 児童文学作家で佐藤三津彦の朋友
市橋スエ 君嶋や松永、内村と交流を続けており、子どもセンターにも出入りしていた。自宅庭で趣味として花を育て、切り花にして君嶋の講演会会場へ。”春風の君”とし野山を君嶋の楽屋に連れて行った。娘ができた時は、アキより雛人形が贈られた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
事実をヒントにしたフィクション。事実との相違点は筆者に責任がある。
元小学館編集者の野上暁、林四郎へ取材し、資料の提供を受ける。
主要参考文献
「小学館50年史年表」、「小学館の80年」。「少國民の友」、「小学5年生 大震災火災奮闘号」「学年誌が伝えた子ども文化史」「林芙美子の昭和」