津軽百年食堂 森沢明夫著 小学館 2009年3月4日初版第1刷発行、2009年7月14日初版第4刷発行 河内図書館所蔵

 

 

 

 

 

哲夫の日課から始まるが、出前の途中でダンプカーと。。。

そして時代はさかのぼり、賢治の時代。露天で蕎麦屋をやっていた。賢治は、先天的に足の指が欠損していて、草履をはいていた。

 

 

食堂の出汁ひきは、代々妻の役目で、できあがった出汁を主が味見してから、店を開店する。

トヨが賢治よりうまく作れるようになったためだ。そば打ちは夫の仕事。

 

時代は下って、現代の東京。陽一はバルーンアーティストとして芸能派遣プロダクションと契約していた。

 

大森賢治

 初代、

 妹を食わせるために、弘前城下の十文字で露店の蕎麦屋を始める

 靴が合わないため、麻布を巻いて草履を履く。

 右足の指が無いので、早く走れず、とろ森と呼ばれた。

 トヨ

 毎週月曜日に青森から行商でやってくる。 イワシの焼干しも取り扱っており、賢治はトヨからかっていた、

門田清二

 賢治の露店の常連客

 馬喰を生業とする風来坊。40歳過ぎ

渡辺義夫

 賢治の露店の常連客で賢治の同級生、

 津軽塗の職人、大森食堂開店記念に手製の津軽塗の螺鈿の抽斗を二代目にプレゼントした

 「法螺吹きのよっちゃん」

 

 

大森

 哲夫の父で先代、陽一が3歳のときに酔っ払って車に轢かれて死んだ。

 博打好き、夜遊びも女遊びも好きで、妾もつくった。

大森フキ

 哲夫の母

大森哲夫 64歳

大森明子

 哲夫の妻、陽一の母

大森桃子 

 哲夫の子、32のときの子で現在32歳、高卒で東京に出て、デザイン系の専門学校を出て編集プロへ就職。東京出身の会社員と結婚したが一昨年に離婚して、郷里へ戻り弘前市街地で一人暮らし。

大森陽一

 哲夫の子で、36のときの子、28歳。1年留年し大学卒業後東京の中華料理店に修業に入ったが半年で首になり、継ぎは桃子の伝手で制作プロダクションへ入ったが心労がたたって辞めて、学生時代にバイトしていたレストランに相談したら、東京産芸社(略して東産)プロダクションを紹介され契約し、3年後に派遣先で同郷の女子と会う

 東産プロを通して、イベント派遣ピエロ、市民会館バルーン教室の講師もしている

筒井七海

 陽一の3つ下。カメラマン見習い(斉藤写真家事務所)。

 東京の大学の写真科を卒業して、中学時代に写真集をみて一目惚れした写真家のへ弟子入り。

斉藤

 カメラマン、スタジオを構えたが、膵臓を患っている。

 

後藤

 東産プロの学生アルバイト。就職が決まっている。

 

田中

 トイスターの広報室長、妻子持ち、陽一と同年齢。

 

藤川千鶴子

 藤川薬局の奥さん

藤川光太郎

 ダンディ

藤川美月

 大森食堂のはすむかいの薬局の娘で、陽一の幼馴染。薬剤師となった。

 

宮沢政宗

 陽一の高校陸上部時代の親友、美月と付き合っている。たこ焼きのテキ屋稼業に。

宮沢健

 政宗の子供。陽一にバルーン作品を作ってもらい、粋なおっちゃんと呼ばれている。

 テキ屋のサクラもできるので、健坊として、テキ屋仲間に親しまれている。

アキラ

 政宗の舎弟で、テキ屋の手伝いをする。

 

 

青木

 七海の見合い相手、BMWに乗る。

 

 

津軽勝田駅

 七海の実家がある

中央弘前駅

 焼干しを仕入れる問屋がある

松尾十文字駅

 大森食堂がある

 

津軽百年食堂(定義・3世代、70年以上続いている大衆食堂)

亀乃家(五所川原市)の三代目が放蕩な人だったので、小説の二代目のモデルにした。

長崎屋(黒石市)厨房や店内のモデルとした。