フミ物語 想い出の足利デパート 小沢君江著 緑風出版 2018年6月30日初版第1刷発行 栃木県立図書館所蔵
某書店で見かけて、市立図書館には所蔵なしで、県立図書館に所蔵ありなので、県立図書館で借りた。明治期~昭和期の生活を垣間見る内容。
十九一の読みがながないのと、「フミの母」の呼び方が、最初はフミの母だったり(途中から、作者から見ての)祖母だったりと、ちょっとわかりにくい点がある。
著者は1970年にフランス人と結婚したフミの末っ子
1942年に小沢洋品店から足利デパートに改称
1951年(昭和26年)に小沢フミが「足利デパート」(雑貨店)開店
2013年足利デパート閉店
1960年代は、6丁目店のウラに縫製部をおき、学校の制服を焼成
フミ31歳のとき、家を飛び出し東武駅を経て両毛駅まで自転車で行ったが、まあちゃん(当時17歳)に連れ戻された。フミは、31歳までに、5人の子を産んだ(+間引きが2人)、末子は養子に出そうかと考えていたが、結局出さなかった。
美空ひばりを、足利の月見ヶ丘高校体育館に呼びコンサートを開催
フミは、実母を小沢家に引き取り晩年を過ごさせた。さらに妹も引き取り、デパートの食堂で働いてもらった。フミの母の葬儀では、百の花輪が並んだが、祖父のときは5,6輪程度であった。
登場人物
小沢フミ 1911年(明治44年)11月1日 足利の彦間で誕生。5歳から近所の家の酒のお使いに出されていた。種菓子製造の家業を手伝っていたが、駄賃はもらえず、学校の費用は自分で小遣い稼ぎしてた。1930年(昭和5年)、19歳のとき7歳年上の穀屋のセガレと結婚させられた。
フミの母(著者の祖母)・・・片田舎の大正寺の娘として8人兄弟姉妹の次女として誕生。弱視→後妻として子ども3人の家に嫁ぐ。種菓子(最中の皮)製造業者。夫(著者の祖父)は女道楽と勝負事三昧で、フミの母に暴力を奮っていた、
小沢十九一 明治38年1月11日生まれ 穀屋の倅だが、書道の講師をしていた。酒乱。1965年11月18日、心筋梗塞で61歳で死去。
フミ57歳のとき脳溢血で1年入院したが退院後すぐに復帰し、1970年に再度脳溢血に足利日赤に入院、その後も入退院を繰り返し、認知症にもなり、1984年12月23日死去
まあちゃん 近所の人で、繊維工場の女工だったが胸をやられて家に戻ってきた。15歳からフミの片腕として80歳まで働く
小沢裕一(長男、デパート開店前の店員募集の応募者に家柄の良い娘がいたので、フミの提案で所帯をもたせ店を手伝う、フミが庭付き一軒家を建てた、その後起業したが倒産して、デパートに戻る、1981年心不全で死去)
小沢美智子(長男の嫁)
小沢雄二(次男 武蔵野美大をでて彫刻家を目指した、フミが百合ヶ丘にアトリエを備えた家を立ててやった)
小沢美奈子(次男の嫁、店の会計担当だった)
小沢君江(末子 早稲田大学で出会ったフランス人と10年交際後に結婚)
小沢ダン(末っ子の息子
小沢直子(長女 青山学院大を出て、同級生と結婚、2017年5月アメリカに眠る)
佐和子(次女 文化服装学院、千葉の布地屋に就職し、同僚と結婚し足利に戻る)
隆一(次女の夫、デパート二代目社長となる、2009年に食道がんで死去。)
勇介(次女の子 ブティック・アミをテナントとしてはじめる)
通3丁目の足利デパートの建物は、2020年時点で現存しており、看板も残っている(グーグルストリートビューに写っている)
通6丁目のほうは不明