今回の国際会議で発表した内容は、実は半年前に思いついたアイデアの実験結果です。これに関して記事を書いたことがあると覚えています。
http://blogs.yahoo.co.jp/entangled74/40931023.html

詳しい実験の内容は書きませんでしたが、あの時のことを思い出すと、懐かしいです。

自分は「当たりまえ」、「あまり意味がない」と思ったことが、結局は他人にとって「当たりまえのこと」ではありませんでした。あのとき、もし「当たりまえのことだから、論文にする価値がない」と思ったら、この成果を逃してしまっただろうと思います。

創造的な仕事をする人間にとって、「当たりまえのこと」かどうかを判断することは重要です。「当たりまえのこと」を「新しいこと」と勘違いして、発表してしまったら、結構恥ずかしいのです。しかし、これに限ることなく、「当たりまえのことを言う」のは一般的に「恥」だとされているかもしれません。

話は少しずれますが、例えば、「人を殺してはいけません」は当たりまえのことですね。普通はわざわざ言いませんね。しかし、今の若者にとって、そんなに当たりまえのことでもないかもしれません。人を騙してはいけません。ものを盗んではいけません。環境を破壊してはいけません。みんな当たりまえすぎて、逆に誰に言わないのではありませんか?

今の社会では、いろいろな価値観が存在して、子供たちがどのような家庭で育てられたのもわかりません。人に迷惑をかけない生き方がわからないかもしれません。「誰も言ってくれないから、わからない」という若者もいるかもしれません。

だから、自分はいくら「当たりまえのこと」だと思っていても、言うべきことはどんどん言った方がいいのではありませんか?