論文Reviewの依頼が来ました。全然面白くない論文なので、断っても良いですが、社会貢献だと考えて、やることにしました。面白くない論文といっても、それを読んで、著者の言いたいことを理解して、そして、「○○がダメだから、あるいは、xxが間違っているから、Rejectする」と言わなければならないので、時間はかかります。

僕が「選ばれた」理由には二つあると思います。一、自分が昔に書いた論文がこの投稿論文に引用されたからです。論文誌の編集者は投稿論文が引用した論文の著者の中からReviewerを選ぶのが普通です。二、この分野の偉い先生は大体面白くない論文を見た瞬間にReviewを断るから、編集者は仕方なく、僕のような全然有名でない人に依頼するしかなくなるからです。

ある編集者から聴きましたが、最近は低い品質の論文が氾濫しているそうです。数がものすごく増えたので、偉い先生方が皆「忙しい」と言って敬遠します。Reviewをやってくれる人を探すのが大変らしいです。どうなるかというと、今度はReviewerの質が落ちます。レベルの低いReviewerは正しく論文の内容を評価できないので、自分の論文が引用されたから(引用された回数が多い方が論文の注目度が高いとされています)、適当にOKを出します。すると、Rejectすべき論文がどんどん掲載され、論文誌のレベルが落ちます。「何でこんな論文も通ったの?」不思議に思うぐらいです。

一つ考えられる原因は、最近大学では、論文の質でなく、論文の数とその論文が引用された回数で研究者を評価する傾向があるからです。それで、任期付きの若手研究者は生き残るために、一、二年という短い期間中に、数で勝負しないといけなくなり、結局は面白くない論文をどんどん生んだ方が良い、という極めてよろしくない思想を生み出したのです。

このまま、悪循環が続くと、本当に心から研究がしたい人ができなくなり、二、三流の研究者の数がどんどん増えるのではないかと心配しています。