研究は一種の「知的ゲーム」と菊池誠氏(「若きエンジニアへの手紙」)が言っています。研究が楽しいのは、この「ゲーム」にはまっているからです。わからないこと(現象)があれば、そのいろいろな側面を調べて、一生懸命に考えて、その本質を理解できたら、論文を書いて他人に伝えることがとても面白い「ゲーム」なのです。頭を使わないとできませんし、実験をするときに、できるかできないかという「どきどき感」もあります。問題に答えがあるかないかさえわかりません。
身の回りの研究者たちは、意外と学生時代にゲームにはまっていた人が多いです。自分もファミコン、Playstationにはまった時期があります。学部の二年か三年の夏休みに、一人部屋に閉じこもって、ご飯も食べずにずっとTVゲームをやっていました。気がついたら次の日の朝までやっていたこともしばしばありました。僕は結構粘り強い性格で、難関をクリアするまで何回も挑戦し続けるのです。
なぜ若い人はゲームにはまりやすいのか、それはおそらく、「問題を解決したい」という人間の欲求があるのではないかと思います。頭を使って、手を使って、全身全霊で取り組んで、そして問題を解決できたときに、言葉では説明できないような快感を味わえるからのではないでしょうか?しかし、ゲームという仮想世界では、限界があります。所詮人間が作った世界ですから、面白さに限界があるのも当然です。どんな難関でも、必ず解ける方法があるように作られたのです。何回か繰り返したら、「コツ」がわかるのです。わかったらもう終わりです。「これ以上のことはありません。」
碁囲や将棋のようなゲームは少し違います。簡単なルールだけあって、後は相手と対戦することで飽きることなく遊べるのです。トレーディングカードゲームもこのタイプのゲームです。「Magic The Gathering」は好きでした。デッキの構築や作戦など、無限の変化があり、ゲームも無数の展開ができるので、面白いのです。でも、お金かかりすぎです。対戦相手も必要です。一人では遊べません。
結局、TVゲームにはまっていた一部の人間は、自然界を相手にすることを選びました。自然界を相手にすれば、「ゲーム」の面白さは尽くことがないからです。
身の回りの研究者たちは、意外と学生時代にゲームにはまっていた人が多いです。自分もファミコン、Playstationにはまった時期があります。学部の二年か三年の夏休みに、一人部屋に閉じこもって、ご飯も食べずにずっとTVゲームをやっていました。気がついたら次の日の朝までやっていたこともしばしばありました。僕は結構粘り強い性格で、難関をクリアするまで何回も挑戦し続けるのです。
なぜ若い人はゲームにはまりやすいのか、それはおそらく、「問題を解決したい」という人間の欲求があるのではないかと思います。頭を使って、手を使って、全身全霊で取り組んで、そして問題を解決できたときに、言葉では説明できないような快感を味わえるからのではないでしょうか?しかし、ゲームという仮想世界では、限界があります。所詮人間が作った世界ですから、面白さに限界があるのも当然です。どんな難関でも、必ず解ける方法があるように作られたのです。何回か繰り返したら、「コツ」がわかるのです。わかったらもう終わりです。「これ以上のことはありません。」
碁囲や将棋のようなゲームは少し違います。簡単なルールだけあって、後は相手と対戦することで飽きることなく遊べるのです。トレーディングカードゲームもこのタイプのゲームです。「Magic The Gathering」は好きでした。デッキの構築や作戦など、無限の変化があり、ゲームも無数の展開ができるので、面白いのです。でも、お金かかりすぎです。対戦相手も必要です。一人では遊べません。
結局、TVゲームにはまっていた一部の人間は、自然界を相手にすることを選びました。自然界を相手にすれば、「ゲーム」の面白さは尽くことがないからです。