「あれほどのすぐれた人が、その実なんの役にも立たない哲学的な思考方法に骨身をけずったことを思うと、悲しくなるよ。」とゲーテが言ったらしいです。(「座右のゲーテ」ページ42、斉藤孝)

自然界の本質を深く理解したいという願望をもつ人ほど、哲学的な思考に落ちやすいのです。「考えるだけで本質に近づける」というのは幻想かもしれません。「思考実験」をやったり、公理や仮説を作ったり、結局は抽象的な結果しか得られなくて、最後は証明できないところでエネルギーを費やしてしまうことになります。「そんなの、証明できないでしょう?信じませんよ!」と言われたら、悲しいばかりですね。

物事の本質を知るためには、具体的な現象を詳しく調べるのが一番いいですね。例えば、「光子」の本質を理解したいのなら、「光子とは何か」を一生懸命に考えて、新しいモデルで説明するのではなく、光子の性質をいろいろな視点から調べることで理解が深まるのではないかと思います。

昔、「原子は本当に存在するか」という論争がありましたね。哲学的な議論だけでは絶対に答えを導けません。最後はEinsteinが具体的に原子の存在を証明できる方法を見出して、Perrinがその実験を行ったから、原子という概念が受け入れられたのですね。

現在でも量子力学の解釈にめぐっていろいろな哲学的な議論がなされていると思います。結局、何の役にも立たない「解釈」がいっぱいあって、どれが正しいかも証明できない状況ですね。この問題を解決するには、視点を変える必要があるかもしれません。もしかして、二十一世紀のEinsteinの出現を待たなければならないかもしれません。