我々は物理世界を観測して、物理世界に関する情報を得ているのです。物理世界がどのような状態にいるかを知るためには、観測することが絶対に必要です。おそらく、観測しなくても物理世界は何らかの状態にいるだろうが、我々には観測せずにそれを知る方法がありません。

観測というのは、測定を行うことです。

我々が測定をするときに、必ず何か見たい「イベント」があります。

時間が流れているのですから、時計でタイミングを計りながら、イベントが「いつ」起こったかという情報を得ることができます。普通、一回しか起こらない「イベント」を測定することは面白くないのですから、この見たい「イベント」が周期的に繰り返すように実験を準備しますね。

「イベント」がいつ起こったかとは別に、「イベント」が起こる頻度を測ることも考えられますね。例えば、一秒に10回という情報を測定で得ることができます。

「いつ」という情報と「頻度」という情報の性質は違います。

無限に可能な時刻の中に、ある時刻に「イベント」が起こったという情報を得たとしましょう。しかし、次の「イベント」がどの時刻に起こるかという予測はできません。

逆に、無限に可能な頻度の中に、ある頻度、例えば、一秒に10回、という情報を得たとしても、次の「イベント」がどの時刻に起こるかという予測もできません。

当然、両方知ることができれば、予測はできますね。例えば、この時刻に「イベント」が起こった、かつ、この「イベント」が起こる頻度が一秒に10回、という情報があれば、次の「イベント」がどの時刻に起こるかという予測はできます。

このように、測定で得られる情報は二種類異なる性質のものがあります。「イベント」がいつ起こる情報は「粒子性」情報、「イベント」が起こる頻度は「波動性」情報と言ってもいいのです。

古典の世界では、このようなことは普段あまり気にしませんが、量子の世界では、この二種類の情報の意味は重大です。賢明な皆さんはもう気づいたと思います。量子の世界では、「粒子性」の情報を得ようとしたら、必ず「波動性」の情報を捨てる必要があります。なぜなら、測定という行為は粒子に擾乱を与えてしまうからです。逆のことも言えますね。つまり、「波動性」の情報を得ようとしたら、「粒子性」の情報を完全に失う必要があります。これこそがハイゼンベルクの不確定性原理の由来だと思います。

このように、ミクロの物質が「粒子性」と「波動性」という両性質を持つ理由がわかりますね。測定の限界ですから、別に不思議なことではないと思います。測定のタイプによってどれかの性質が現れるだけのことです。