自宅警備員のチラ裏

自宅警備員のチラ裏

 家内が病に倒れ介護のため早期退職をして自宅に常駐するようになったおっさんの日常です。
 趣味の無線やバイク記事に好んでお邪魔いたします。

 

 

あれだけデモで大騒ぎしていたアノ界隈の連中が大人しいけどどうしたんだい?

電気代が上がるから仕方ないな程度の主張だったのか?

ちゃんちゃらおかしいわ。。

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう東京だけの問題ではなくなったんだな」という感想をもった記事でした。

 

端からみれば「お役所仕事だな」なんて感じる方もおられるのでしょうが、この手の苦情が実に多いのが今の日本社会です。

 

話は少々逸れますが、「公園の子供の声がうるさい!」という110番は珍しくありません。

通報があれば警察官が臨場するわけですが現場の様子を暫く観察して、

「特に大きな声を出しているような状況はみられません。もうしばらく現場に留まり特異な様子がないようでしたら未扱い現場処理とします。」

なんて無線が入って一件落着となる筈なんですが、再度同じ方から110番入電します。

 

「警察官の様子を監視していたが見ているだけで帰ってしまった。何にも改善していない。税金泥棒はちゃんと仕事しろ!」といった苦情事案へと発展します。

再び警察官が向かいますが気になるような状況はみられませんが三度目あたりの同通報が入ることで業を煮やして公園の子供達に「なるべく静かにして遊んでね」なんて声をかけようものなら今度は親御さんから「子供が普通に遊んでいたのに警察官に注意された」なんて苦情もなされることとなります。

こんな不毛な扱いを日々繰り返すわけですが、要は通報者の求めるところは通常の話し声でも気になるので音が一切しないようにさせろと求めているわけです。

 

うまく説明して納得してもらえよなんて思われるかもしれませんが、公園で子供が遊ぶ状況がなくなるまで苦情がエスカレートしつつ繰り返されることとなります。

昭和な時代でしたら「常識の範囲内ですので」と済む話が今では立派な苦情と捉えられるようになりました。

以上は警察事案として扱う状況ですが、これが市役所等へ向いた場合は日に何度も苦情電話が入電して担当者の事務が滞ることとなって「仕方ない。公園を閉鎖しよう。」となってしまうわけですね。

警察に限らず役所も非常に弱い立場です。

よほど担当者が困ったのでしょう。「〇〇公園の子どもたちを静かにさせて下さい」と区役所から警察署に電話が入って苦笑したこともありました。

 

話が飛躍しますが、私に言わしていただけば少子化は金だけの問題ではないんです。

子どもを取り巻く環境は、「小さい子のやることだから仕方ない」という風潮が社会から消え去っていて、人々の寛容さが欠落してしまったことが子育てをより困難にしたことも影響していると考えます。

 

 

「基地なくせ」「公園なくせ」

そのうち米国のように「警察なくせ」となるのでしょう。

「国葬やめろ」なんて言うのは世の風潮として当然の流れなのかもしれません。。