そういえば、社会人になってからゴールデンウィークにこんなにまったり過ごす

 

 のは人生初である。年中無休の業界だったので仕方がなかったが、この時期は

 

 繁忙期であり、休めても1回か2回あるかないか、といった社会人生活であった。

 

 もちろんどこへ行っても大混雑であり、休めたとしても釣りになんて行きたいとは

 

 思わなかったが、こういう時ではないと一緒に釣りできない仲間とは、毎年何とか

 

 予定を合わせて釣りに行っていた。 

 

 

 

 

  さて、いつもコメントを下さっているC-49さんがコメントで 「思い出のルアー」 と

 

 触れていたのでちょろっとばかし書いてみたい、と思う。 

 

 

 

 

  先日、自分の一番古いバスの写真を掲載したが、それを釣ったのはギドバグの

 

 ベビーバグのスプリットショットリグであった。 それ以前に人生初バスを弁慶堀で

 

 釣った時のルアーは、スライダーワームのチャートリュースペッパーのテキサスリグ。

 

 当時はワームのリグといったらテキサスかスプリット、たまにノーシンカーくらいしか

 

 なかった。リールも海釣り用の3000番とかの大きなものだったし、ラインもポンド

 

 とかはなくて何号の時代だ。フロロカーボンなんて存在しなくてオールナイロン時代。

 

 それが自分が中学生の頃の時代であった。当時、バス釣りは学校内でも流行って

 

 いて全部で7~8人くらいはやってたような記憶がある。 

 

 

 

  で、その頃からあったのが、バスはベイトタックルで釣ってこそなんぼ、プラグで

 

 釣ってこそなんぼでワームはダサい、みたいな風潮が学校内でもあった。これは

 

 実は今でも一部の人には根深くはびこっている意味のないポリシーである。いまだ

 

 にライトリグ&スピニングの釣りを卑下してたりする人が居るのは驚くべきことだ。

 

 その点、自分は個人的には釣れさえすればなんでも良かったのでベイトだろうが

 

 スピニングだろうが、ソフトルアーだろうがハードルアーだろうがこだわりは無い。

 

 

 

 

 

  そんなガキの頃、自分が最も信頼して使っていたルアーはコレだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ラパラ社のF7。 30年前は国産ルアーは非常に少ない頃で、ダイワ社がようやく

 

 チームダイワを立ち上げてTDクランクとかを世に出し始めるちょっと前の頃だった。

 

 国産の物と言えば、ダイワのピーナッツ・バスジャッカー・バスハンター。後はスミス

 

 のミスティ・ハスティ・シャッティーのシリーズ。このスミスが採用したシステムクランク

 

 のスタイルは後のTDクランクにも大きく影響があった。 輸入物ではヘドンのトップ

 

 ウォーター系のルアーあったり、クランクはセダーやホッテントット、CCシャッドとか

 

 まあそんなあたりがメインだった。  そんな中で我々中学生バサーが当時憧れた

 

 のはラパラ社のルアーであった。 出元はフィンランドでラパラジャパン社が輸入

 

 代理店的な形で日本国内に流通させていたが、ラパラ社の中でもシャッドラップ

 

 だけは仲間内でも最強の釣果を誇った。 ただし当時でも価格が1500円近くの

 

 価格帯だったので、当然中学生の我々では手が出ない。 稀に輸入品が入って

 

 くると、ラパラジャパン社だと1500円くらいするものが960円とかで手に入った。

 

 そんな当時最強を誇ったシャッドラップラパラは現物は手元になく、唯一ラパラの

 

 ルアーで当時からのものが手元に残っているのが写真のF7である。 

 

 

 

  その名の通りフローティングミノーで材質はバルサ材。 F5、F7、F9、F11と

 

 各サイズ全て揃えていたが、なぜかほとんどなくなりF7だけが残っている。 だが

 

 実際全てのフローティングシリーズの中ではF7が一番良く釣れた。F5だと軽すぎ

 

 て飛ばないし、F9や11は関東のフィールドではちょっと大きすぎる嫌いがあった。

 

 当時はアベレージが25cm~35cmくらいが中心で40UPはかなり稀だったので

 

 F7がサイズ的に一番マッチしていたのであった。ただ巻きでもトゥイッチングでも

 

 とにかく良く釣れたのである。 

 

 

  

 

 

 

 

  高校生・大学生の頃はバンドでギターを弾くのに夢中になっていたため、釣りは

 

 年に数回しか行かなかった。ただその時代は意外にもトップウォーターにハマって

 

 いたことが多かった。

 

 

 

 

 

  写真の物は大人になってから買い直した物だが、ヘドンのオリジナルザラ

 

 スプークは今でも時々投げたくなるくらい大好きなルアーであった。この頃は

 

 トップウォーターと言えば柏木重孝氏。彼がトップで釣りまくるビデオを見ては

 

 イメージトレーニングを欠かさなかった。その当時のトップはペンシル・ポッパー

 

 スイッシャーの3つに分けられていた。ポッパーはポップRが一番メジャーだった

 

 が、アクション的には簡単だし、まあ使えば普通に良く釣れた。で、またガキの

 

 頃に良くある張り合いで、トップはペンシルベイトを使いこなしてこそ本物!的

 

 な風潮があったので皆ペンシルベイト系を買ってこぞって練習をしていた。

 

 本当はチマチマテラーというペンシルが良かったのだが、当時から2000円を

 

 超えていたので当然手がでない。そんな中、円高差益で新品でも700円程度

 

 でザラが手に入った頃だったので自分はザラを使っていた。小さいザラパピー

 

 とかそういうのもあったが、オリザラのスケーティングの動きが一番好きだった。

 

 20代の頃は夜釣りもやってた時があったが、その時もオリザラは良く使った。

 

 

 

 

 

  ※長くなったのでⅡへ続く