さてさて、意気揚々と出かけた筆者。
途中、電車の遅延に見舞われつつも無事定刻通り待ち合わせ場所に到着した。
待ち合わせ場所にいたT氏は、お子さんが二人くらいいても全く疑問を抱かぬ風体。
落ち着きのある“イカ東”といったところか。
挨拶もそこそこに歩き出す。
“イカ東”な見た目にそぐわず口数は多い。
淡々とよくしゃべる。
コンサルという職種ゆえか。
一人では絶対にたどり着けないであろう、西麻布の住宅地の中のお店に到着。
コートを預ける。
お父さんのようなカジュアルなコートを脱ぐと、T氏は織りのすてきなジャケットとバーバリーのシャツをお召しであった。
細見のパンツにバックスキンのチェッカブーツ。
“イカ東”な容姿ゆえに見過ごすところだったが、意外とおしゃれかもしれない。
ボタンダウンのシャツのボタンを留めていないのは、出がけにタイを外したからなのか。
襟元からボーダーのTシャツがのぞいているのも、詰めの甘さを感じさせる。
しかし、装いは理解できる価値観。
席には本日のメニューの記された紙が用意されていた。
メインには、“内臓”の文字が。
筆者は事前に動物の内臓が苦手であることを伝えている。
すぐに気づき、ギャルソンに確認してくださる紳士ぶり。
やはり振る舞いはイケメンである。
話の内容は、学生時代の思い出からさかのぼり受験の話(イカ東はお勉強の話がお好き)や、グルメ、週末の過ごし方など。
和やかに食事は進む。
T氏は一見さんお断りの会員制日本酒バー御用達だと言う。
T氏「会員制になる前に、偶然一人で行って、店主と仲良くなりました。」
筆者「素敵ですね!お店の方とお話するのも楽しいですよね。」
T氏「いえ、経験則的にお店の方に取り入るために行うべき方ことがわかっているだけです。その方が互いに利益を享受できますから。」
人との交わりは、楽しむものではなく、win-winの関係を築くためのテクニック。
終盤は、話すネタが尽きたのか、終始パクチーが嫌いであることについて語っていた。
お父上は同じく東大出身の大学教授。
T氏は幼少期から図書館の本を読み尽くす勢いで本を読んだ。
ごくごく自然に東大に進学したたため、東大進学に躍起になる人間が理解できなかった。
週末にはジムに通い、体型とグルメを両立している。
やはり、またとない優良物件。
容姿には贅沢を言わないと決めた。
T氏は、ハゲでもなく、デブでもなく、チビでもない。
装いも微調整すれば適当な範囲。
配慮も手配も紳士度高め。
しかし、なぜだろう。
筆者はその場を素直に楽しむことができなかった。
先生か、面接官か。
同じ目線で、同じものを見て、会話をしている気がしなかった。
T氏は筆者の仕事や日常について質問してくれた。
筆者はいつも通り(半ばオーバーに)答える。
T氏「なるほど。なるほど。大変興味深いですね。」
T氏は興味なさそうに、淡々と、そう相槌をうつ。
毎回。
帰路、六本木ヒルズが目に入った。
筆者「あ、六本木ヒルズのライティング、クリスマスカラーですね!すてき♪」
T氏「本当ですね。」
筆者「わたしクリスマスの暖かい雰囲気が好きなんです(´∀`)クリスマスの絵本も集めてるんですよー♪」
T氏「なるほど。なるほど。それはいいですね。おすすめの本があったら教えてください。」
T氏は、グルメ忘年会が立て込んでいるが、忙しい合間を縫って筆者との食事会を企画くださるという。
そうして別れた。
筆者はその後も違和感がぬぐえずにいた。
なぜだ。
友人の同僚であり、身元もしっかりしている。
筆者が求める条件はすべて満たしている。
そんなある日、車窓から、夕焼けに浮かぶ富士山を見た。
筆者は思わず涙しそうになった。
この富士を見て、筆者が声を上げたらT氏はなんと言うだろうか。
例えば、キンモクセイの香りに秋の訪れを感じたと言ったら、T氏はどう感じるだろうか。
例えば、筆者がクラシックではなく、J-POPを聴いていたら、T氏はどう思うだろうか。
例えば、筆者がくだらないお笑い番組を観て笑っていたら、T氏はどう反応するだろうか。
「なるほど。なるほど。大変興味深いですね。」
きっとT氏はこう言う。
温度なく、淡々と。
筆者は、自身と同程度のスペックをもち、ヒトの形をしていれば、必要十分のお相手だと思っていた。
しかし、筆者はもっと人間らしい、あるいは日常の一つ一つを共有できる相手を求めているのかもしれない。
なんとわがままなのだ。
贅沢など言う権利などないくせに。
翌日T氏からLINE。
「昨日はどうもー。」
「是非また美味しいもの、食べに行きましょう。スケジュールは追って相談させてください。」
10日後。
「ご連絡遅れてすみません。」
「次回はピンポイントですみませんが、〇月〇日でいかがでしょうか?」
打合せの打診。
ありがたく、ありがたく、謹んでお受けします。