



ここまでジュースの自動販売機も売店も無く、更に天守閣にはトイレすら無し。昔の人はどうしていたんですかね?殿様や行政官僚がこの天守に来て仕事をしていたとは到底考えられませんが、維持管理警備や倉庫代わりに色々と使われていたはずですから日常生活に必要なものは備え付けられていたと思うのですが、はてさて。
天守閣最上階から南を眺めると、姫路駅へと続く大通りが見えます。向かって右側が現在家老屋敷跡公園になっており、道に面した通りにはお土産やや食堂の建物が城下町の雰囲気に溶け込むようデザインされ並んでいます。平成2年発行の吉川弘文館刊行国史大辞典の姫路城の項目に城の空中写真が掲載されていますが、家老屋敷跡公園が写真では密集した住宅街になっていました。住んでいた人も行政も立退きは大変だったろうと思います。もしかすると30年か40年計画で公園化していたのかも。短時間ならお金がかかったろうし、時間がかかったなら膨大なマン・パワーと住民理解が不可欠です。そのかいあってこその世界遺産登録だったのでしょう。