私たちは、一人ひとり様々な人生を歩んでいます。似たような人生を歩むことはあっても、まったく同じ人生を歩む人など、誰一人としていないのです。
そして人生とは、日々選択の連続です。その都度、複数ある選択肢の中から最善の一つを選ばなければなりません。
私の人生ですから、当然選択するのも私です。その結果に対する責任も私が負わなければなりません。そう考えると人生にストレスを感じることもあるのでは。仮に、自分で選択することを放棄して、他人に任せてみてはどうでしょう。私が責任を負わなくても良さそうだし、ストレスも感じなさそうだけれども、果たしてそれを私の人生と言ってもよいのでしょうか。他人任せの人生は、その人の人生であって私の人生ではなくなると思います。
さて、ご自身で考え抜いて選んだ答えです。気になるのは、その答えが正解なのか間違いなのかということではないでしょうか。つまり、答え合わせです。
例えば、学校なら教科書があります。また、会社なら業務手引書などがあります。教科書や手引書があれば、それとご自身の答えを照らし合わせて〇×を判定できますが、人生には教科書や手引書はありません。だから〇×の判定をしてみようがないのです。また、誰かに判定してもらおうにも、判定できる人もいないのです。
そうすると、自ら考え抜いて出した答えです。自分の気持ちに嘘をつかず、自分に正直であったのであれば、その答えに自信をもって「これでいいのだ」と正解にしていくしか方法がないように思います。
もちろん、人生は山あり谷ありです。良いこともあれば悪いこともあります。その都度、人生を見つめ直すことも忘れてはなりません。そして「あの時があったから、今の私がある」と自ら選択した答え、人生の歩みを肯定できるようになるのだと思います。
そこで、もう一つ大事なことは、私の肯定感を高めてくれる人の存在です。この人との出会いが、人生を歩むうえで凄く重要なことなのです。私がいくら自分自身のことを肯定していても、頭ごなしに全否定ばかりするような人としか出会えなければ、その肯定感すら感じられないのではないでしょうか。
自信が揺らいでなかなか自己肯定できず、人生に悩み苦しんでいる私に、阿弥陀仏は「ありのままのあなた」で良いとあなたを認めてくださっています。そして「ありのままのあなた」を必ず救うと誓われています。ありのままのあなた自身が選択した答えを正解として、自信をもって人生を歩んでいただきたいと思います。
南無阿弥陀仏