えんも君の

「日々平凡、雑記帳」ブログ

へ、ご来訪頂き、ありがとうございます。ほっこり


先週の土曜日の2月3日は、

節分でしたね!


節分は

旧暦(二十四節気)で大晦日

翌日の4日は立春で、

新年にあたります。


旧暦から新暦(グレゴリオ暦)

に変わったのは、明治5年


なので、日本で、

新暦が採用されて

150年程しか経っていません


言い換えると、

日本の歴史は、旧暦で回っていた

と言えるでしょう。


スピリチュアル界隈でも、

2月4日は新しい年の始まりで、

1年の気の流れが変わる節目

と考えられているようです。


...と、まぁ難しい話は横に置いて、


節分の日に、名古屋市守山区ある

”竜泉寺の節分祭“に参拝に出かけ、

厄除けを祈願してきました!

この数年、この時期には、

愛知県蒲郡市にある竹島

に参拝に行くのですが、


今年は”竜泉寺“にしました。

昨年の竹島のブログです。

これには理由があるのです。


尾張四観音

”竜泉寺“は、尾張四観音の1つ なのです。

尾張四観音とは、

徳川家康が名古屋城を築城した際に、

名古屋城の鎮護を目的とした

鬼門封じとして、


鬼門方角尾張四観音と呼ばれる

荒子観音, 甚目寺観音, 龍泉寺, 笠寺観音

を建立し、結界を張ったのです。


節分恵方と干支

尾張四観音の節分恵方は、

5年サイクルで回っており、

令和6年は龍泉寺が恵方

となります。


そして、

令和6年の干支は”辰”


12年サイクルの干支 ”辰” と、

5年サイクルの ”節分恵方” 

が重なる事は、

60年に一度しかありません。


つまり、今年は

龍泉寺が、辰年に恵方を迎える

60年に一度の年“

なのです。


竜泉寺の節分祭

朝10時過ぎに、
竜泉寺に到着したのですが、

参道はご覧の通り、
参拝者の長蛇の列ができていました。
参道の両脇には
たくさんの出店が並んでいました。

このお店の奥にはテーブル席があり、
お酒や串カツ、焼きそば等の
軽食が食べれます。

まだ、お昼前なので、空席が目立ちます。
お好み焼き、じゃがバター、わた菓子、
ベビーカステラなど、懐かしくて美味しそうな
出店が並びます。
10分くらい列んだでしょうか。
やっと、龍泉寺の山門
目の前に近づいて来ました。
山門には、
節分祭の垂れ幕が掛かっていました。
山門をくぐると、本堂です。

龍泉寺は、
延暦年間(782‐806年)に、
伝教大師(最澄)によって創建されました。

古文書 ”龍泉寺記” には、
”その昔、伝教大師が熱田神宮に参篭中、
龍神樣の御告げを受けました。

そこで、龍神様が住むと言われる
多々羅池のほとり
伝教大師がお経を唱えると、

池の中から1柱の龍神様が現れ、
天に昇っていったのです。

同時に、
馬頭観音樣がお姿を表したのを
目撃した伝教大師は、
馬頭観音樣をご本尊として
この地に祀ったのが始まり“ 

と、記述されています。
上の写真の列は、本堂参拝者の列で、
ご祈祷受付は、
本堂右隣に列ができてきました。

この日は、
“節分特別祈願祭“のご祈祷です。

ボクは、
”今年一年の厄除け祈願” 
をお願いしました。

受付後、本堂に入り、
御本尊の前で厄除け祈願
をしていただきました。

祈願を終えて本堂を出ると、
なにやらスッキリした気分
になっていました。

余談ですが...

実は、ボクの家族の中で、“龍泉寺“というと、


コチラの 

“天空スパヒルズ 龍泉寺の湯“ になります!

夜景が見える露天風呂
全身に粗塩を塗って入場する、”アロマ香るソルトサウナ”

ホームページです!

ちなみに今回、

龍泉寺参拝した時に

龍泉寺係員の指示で、


この龍泉寺の湯の駐車場に

駐車させて頂きました。


今回は、ここまで

 

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。

また、次回お逢いしましょう

 

心は少年、体はオヤジの

えんも君でした。