【教採対策】 重要答申(平成20年①) | 雑記帳

雑記帳

雑記帳

答申で見ていく近代教育史。ちょっと昨日の確認。
ドラッグ反転機能もちょっと利用。


2008年(平成20年) 中教審
<幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について>

1.教育の目的とこれまでの学習指導要領改訂
○ 教育基本法第1条は、教育の目的を「人格の完成を目指し、平和民主的国家及び社会形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」と規定している。
すなわち、教育の目的は、一人一人の人格の完成であり、国家・社会の形成者の育成である。このことはいかに時代が変化してもいささかも変わりはなく、普遍的なものである。

…ここは流石にOK。ベッタベタやね。「   」内は丸暗記してる。

○ 各学校において編成される教育課程の基準である学習指導要領は、この目的の実現を図るため、社会や子どもたちの変化を踏まえ、概ね10年に一度改訂されてきた。

これも大丈夫。

昭和22年に試案として示された学習指導要領は、昭和33年から文部省告示として公示された。

前者は教育基本法、学校教育法が出された時で、
後者は小中で道徳が開始した年だね。


その昭和33年改訂は、全教科を通じて経験主義や単元学習に偏りすぎていたそれまでの戦後の新教育の潮流を改め、各教科のもつ系統性を重視し、基礎学力の充実を図った。

昭和43年改訂は、めざましい国民生活の向上、文化の発展、社会情勢の進展等を踏まえ、教育内容の一層の向上を図った。教育内容も授業時数も量的にピークを迎えたのはこの時期である。

なるほど、確かに高度経済成長期だな。ここが量的ピークなわけか。

これに対して、学校教育が知識の伝達に偏る傾向があるとの指摘がなされ、昭和52年の改訂では、各教科の基礎的基本的事項を確実に身に付けられるように教育内容を精選するなど真の意味における知育を充実し、の調和のとれた発達を図った。
○ 昭和59年から62年にかけて内閣に設置された臨時教育審議会は、教育が我が国社会の発展の原動力となってきたことを踏まえつつ、その一層の改善の観点から、「個性重視の原則」、「生涯学習体系への移行」、「変化への対応」の三つの視点で改革方策を提言した。
平成元年に行われた学習指導要領の改訂は、この臨時教育審議会答申の趣旨を踏まえ、各教科において思考力、判断力、表現力等の育成や自ら学ぶ意欲や主体的な学習の仕方を身に付けさせることを重視した。

たった4年間だけしか活動してなかったのか。だから臨時なのか。

○ 現行の学習指導要領は平成10年から11年にかけて改訂され、学校週5日制の完全実施と併せて小・中学校は平成14年度から、高等学校は15年度から実施された。現行学習指導要領は、平成年の学習指導要領改訂の趣旨を更に発展させ、変化の激しい次の時代を担う子どもたちに必要な力は「生きる力」であるとした上で、その「生きる」をはぐくむために、教育内容の厳選と授業時数の削減、総合的な学習の時間の創設、中学校における選択教科の授業時数の増加などを行った。

小中の道徳で「心のノート」を配るようになったのも、この2002年実施みたいだね。

また、前述のとおり、平成15年には学習指導要領の一部改正が行われた。この改正により、学習指導要領は、すべての子どもたちに対して指導すべき内容を示したもの(学習指導要領の「基準性」)であり、各学校は、子どもたちの実態に応じ、学習指導要領が示していない内容を加えて指導することができることが明確になった。

この頃がゆとり全盛期だね。
円周率が3になったことが批判されたりとかがあって改正…という感じかな?
やれるんなら台形の面積教えてもいいし、3.14でもいいし、みたいな。


○ このように、我が国の学習指導要領は、社会の変化や子どもたちの現状を踏まえ、それぞれの時代において、一人一人の人格の完成国家社会形成者の育成という教育の目的の実現を図るべく、幼稚園、小・中・高等学校及び特別支援学校の各学校段階において改善が図られてきた。
このため、今回の改善に当たっても、まず、社会の変化や子どもたちの現状を見据え、我が国の学校、教師、子どもたちがもっている大きな力をより一層十分に発揮できるようにすることにより、いかに教育の普遍的な目的の実現を図るかとの観点から検討を行った。

さいですか。

2.現行学習指導要領の理念
(現行学習指導要領の理念の重要性)
○ 現行学習指導要領は、平成8年7月の中央教育審議会答申(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」)を踏まえ、変化の激しい社会を担う子どもたちに必要な力は、基礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの「生きる力であるとの理念に立脚している。この「生きる力」は、自己の人格を磨き、豊かな人生を送る上でも不可欠である。

これは定番中の定番。
面接とか論文で「生きる力とは」と聞かれたら言えるようにしておきたいな。
H8年答申では…となっていましたが、具体的には私は…的な。
平成8年ってことは…1988+8=1996年か。
「ひどく苦労(1996)、そんな世紀を 生きるため」の生きる力、てとこかな。


○ この点について今回改めて検討を行ったが、平成8年の答申以降、1990年代半ばから現在にかけて顕著になった、「知識基盤社会」の時代などと言われる社会の構造的な変化の中で、「生きる力」をはぐくむという理念はますます重要になっていると考えられる。

知識基盤社会についてもう少し詳しく説明してほしいところだが。
どんな社会のことなんだろう。基盤=「それを前提とした」ぐらいでいいのかな?

○ すなわち、平成17年の中央教育審議会答申(「我が国の高等教育の将来像」)が指摘
するとおり、21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると言われている。

…と思ったら、ちゃんと書かれてたでござるの巻。
「知識・情報・技術」があらゆる領域で重要基盤になるということか。
ナリッジ・インフォ・テクですか。K・I・Tだね。「きっと基盤はK・I・T」


「知識基盤社会」の特質としては、例えば、①知識には国境がなく、グローバル化が一層進む、②知識は日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれる、③知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な思考力に基づく判断が一層重要になる、④性別や年齢を問わず参画することが促進される、などを挙げることができる。

確かに。今なら小学生でも世界を相手にビジネスができる。
自分もパラダイムシフトを用いた起業を考えたこともあったっけ。


○ このような知識基盤社会化やグローバル化は、アイディアなどの知識そのものや人材をめぐる国際競争を加速させるとともに、異なる文化・文明との共存や国際協力の必要性を増大させている。
「競争」の観点からは、事前規制社会から事後チェック社会への転換が行われており、金融の自由化、労働法制の弾力化など社会経済の各分野での規制緩和や司法制度改革などの制度改革が進んでいる。このような社会において、自己責任を果たし、他者と切磋琢磨しつつ一定の役割を果たすためには、基礎的・基本的な知識・技能の習得やそれらを活用して課題を見いだし、解決するための思考力判断力表現力等が必要である。

ここでその3つの力がでてくるんだ。

しかも、知識・技能は、陳腐化しないよう常に更新する必要がある。生涯にわたって学ぶことが求められており、学校教育はそのための重要な基盤である。

生涯学習の考え方だね。ロングラーンのラングランが1965年に提唱したんだったか。

他方、同時に、「共存・協力」も必要である。国や社会の間を情報や人材が行き交い、相互に密接・複雑に関連する中で、世界や我が国社会が持続可能な発展を遂げるためには、環境問題や少子・高齢化といった課題に協力しながら積極的に対応することが求められる。このような社会では、自己との対話を重ねつつ、他者や社会、自然や環境と共に生きる、積極的な「開かれた個」であることが求められる。

「開かれた個」であるために、まず「開かれた子」にするんですね、分かります。で?

また、グローバル化の中で、自分とは異なる文化や歴史に立脚する人々と共存していくためには、自らの国や地域の伝統や文化についての理解を深め、尊重する態度を身に付けることが重要になっている。

あ、俺と同じ意見が書かれてる。外に出るからこそ、自分の歴史などについては詳しくあるべきなんだよね。英語を学び、外に出るのはいい。が、「単に英語を話すことができるだけ」なら、やがて同時翻訳機が一般に出回り、言葉の壁が世界から無くなれば(そしてその日は必ず来るだろう。スマホで設定さえすれば、しゃべれば相手には母国語に変換されて聞こえる、とか)、そのとき「ただ話せるだけ」の人の活躍の場はなくなる。「英語やっとけば」という神話崩壊の日は遠くないだろうな。

○ もちろん、知識基盤社会化やグローバル化の時代だからこそ、身近な地域社会の課題の解決にその一員として主体的に参画し、地域社会の発展に貢献しようとする意識や態度をはぐくむこともますます必要となっている。

自分は、これが一番大事だと思っている。
地域社会にガタがきたことが孤独な子育てを招き、
独りよがりな親、育児ノイローゼ…出産不安は少子化も招く。
そして少子化は、子と媒介に地域社会と繋がっていた大人に、
地域との繋がりをなくさせる。
そんな負のスパイラル現象が起きてるんじゃないかな。

○ このように個人は他者や社会などとのかかわりの中で生きるものであるが、一人一人の個人には興味や関心、持ち味に違いがある。さらに、変化の激しい社会の中では、困難に直面することも少なくないことや高齢化社会での長い生涯を見通した時、他者や社会の中で切磋琢磨しつつも、他方で、読書などを通して自己と対話しながら、自分自身を深めることも大切である。
○ これまで述べてきたとおり、社会の構造的な変化の中で大人自身が変化に対応する能
力を求められている。そのことを前提に、次代を担う子どもたちに必要な力を一言で示すとすれば、まさに平成8年(1996年)の中央教育審議会答申で提唱された「生きる力」にほかならない。

ま、重視しているってことか。しょっちゅう見かける単語だしな。「生きる力」。

○ このような認識は、国際的にも共有されている。経済協力開発機構(OECD)は、1997年から2003年にかけて、多くの国々の認知科学や評価の専門家、教育関係者などの協力を得て、「知識基盤社会」の時代を担う子どもたちに必要な能力を、「主要能力(キーコンピテンシー)」として定義付け、国際的に比較する調査を開始している。このような動きを受け、各国においては、学校の教育課程の国際的な通用性がこれまで以上に強く意識されるようになっているが、「生きる力」は、その内容のみならず、社会において子どもたちに必要となる力をまず明確にし、そこから教育の在り方を改善するという考え方において、この主要能力(キーコンピテンシー)という考え方を先取りしていたと言ってもよい。

知らない言葉が出てきたな。 「主要能力(キーコンピテンシー)」。
キーとなるコンピテンシーってことだろうが…
コンピテンシーとは「成果を出すタイプの人の行動特性」くらいみたいだね。 
これからの時代を生きる上で、何がキーコンピテンシーたりえるかを明確にし、
そのキーコンピテンシーを備えさせるってことか。


また、内閣府人間力戦略研究会の「人間力戦略研究会報告書」(平成15年4月)をもとにした「人間力」という考え方なども同様である。

さいですか。

(改正教育基本法等と「生きる力」)

○ 平成18年12月に約60年ぶりに改正された教育基本法において新たに教育の目標等が規定された。同法第2条は、知・徳・体の調和のとれた発達(第1号)を基本としつつ、個人の自立(第2号)、他者や社会との関係(第3号)、自然や環境との関係(第4号)、日本の伝統や文化を基盤として国際社会を生きる日本人(第5号)、という観点から具体的な教育の目標を定めた。

んー、だんだん広がっていく感じか。
まず自分自身の「知・徳・体」⇒そして「自立」→「他者や社会」という自分の周り→さらに人だけでなく周りの「自然や環境」→自国だけでなく「国際社会を生きる日本人」と拡がっていく。まぁ、納得のできる順番かな。


○ また、平成19年6月に公布された学校教育法の一部改正により、教育基本法の改正を踏まえて、義務教育の目標が具体的に示されるとともに、小・中・高等学校等においては、「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力判断力表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と定められた(第30条第2項、第49条、第62条等)。

○ これらの規定は、その定義が常に議論されてきた学力の重要な要素は、
① 基礎的・基本的な知識・技能の習得
② 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
③ 学習意欲
であることを明確に示すものである。

確かにこの辺はよう問題になってるのを見かけるわ。

○ このように、改正教育基本法及び学校教育法の一部改正によって明確に示された教育
の基本理念は、現行学習指導要領が重視している「生きる力」の育成にほかならない。

なるほど、疲れたぞ。
けど結構流れが分かった気がするな。